中国の医療システムが今、深刻な危機に直面しています。これは単なる医薬品供給の問題にとどまらず、中国の各家庭の健康と命の安全に関わる問題です。
インフルエンサーで、時事評論家の「公子沈(こうしちん)」が最近、YouTube番組で、輸入薬の欠如、政府政策の背後にある意図、医療システムにおける資源のミスマッチや規制の失敗について深く掘り下げています。
13億人の中国人の健康に関わる医療危機の本質とは何でしょうか?社会は公衆衛生や医療改革にもっと目を向けるべきではないでしょうか?
輸入薬の消失、上海児童病院が直面する困難
「公子沈」は、最近ある親がネット上で、上海の小児病院で処方された輸入セファロスポリンが手に入らないと不満を訴えた例を挙げました。その子どもは細菌感染により扁桃腺が炎症を起こし、高熱が下がらない状態でした。しかし、病院では効果がない国内製の経口セファロスポリンしか処方できず、最終的に注射用を使わざるを得ませんでした。
医師は、「今は選択肢がない」と嘆いています。輸入セファロスポリンは、すでに病院の薬品リストから消えています。この事例は孤立したケースではなく、全国的に見られる現象であり、中国の医療システムが直面している深刻な問題となっています。
多くの患者やその家族が、病院で必要な輸入薬を処方してもらえず、医師から自分で購入するよう助言されたとSNSで不満を訴えています。このような無力感と不安は、社会全体の医療への信頼を深く損なっています。
その背景には、輸入薬の不足だけでなく、中国当局の政策変更や管理強化が影響しています。中国当局の優先順位では、経済的配慮が患者の健康ニーズより明らかに優先されています。
60銭の薬、飲めるか?
こうなった原因は、中国当局が最近発表した「第10回全国医薬品集中調達(以下、薬品集中調達)」の結果にあると「公子沈」が指摘しています。この調達結果における2つの重要な変化が広範な議論を呼んでいます。
1つは、輸入薬のほぼ全滅にあります。効果の高い輸入薬が医療保険のリストから外され、ほとんど選ばれることがありません。
もう1つは、国産薬の価格が急落していることです。例えばアスピリンの価格は1錠あたりわずか60銭まで引き下げられています。
薬価の引き下げは一見、国民の経済的負担を軽減する朗報に思えます。しかし、「安さ」は本当に「良質」を意味するのでしょうか?多くのネットユーザーが品質に強い懸念を抱いています。廉価な薬の効果や安全性がどのように保証されるのか疑問視されています。
医療業界の専門家の中には、価格が過度に低下すると、製薬企業の研究開発や生産の質に影響を及ぼす可能性があると指摘する人もいます。激しい価格競争の中で、多くの製薬企業が通常の生産基準を維持することが難しくなり、一部の企業は市場から撤退を余儀なくされることさえあります。この傾向は、業界全体の健全な発展に深刻な影響を及ぼす恐れがあります。
政策の背後にある政治と経済の思惑
「公子沈」は、薬品集中調達政策の実施は単なる経済問題ではなく、政治的選択でもあると指摘しています。「自主的イノベーション」を掲げる中国当局は、「脱依存」を強調し、欧米の製薬企業からの輸入依存を断ち切ろうと試みています。
しかし、グローバル化が進む現代において、技術的な壁や研究開発能力の差は簡単に埋められるものではありません。輸入薬は通常、長年にわたる研究開発や厳格な試験を経た「オリジナル薬」である一方、中国国産のジェネリック薬は多くの場合「リファレンス医薬品」であり、開発期間が短く、規制も緩やかであるため、当然コストも低くなります。
政府の視点から見れば、薬品集中調達政策は医療保険の財政負担を軽減し、財政赤字の圧力を和らげる効果が期待できます。しかし、社会の長期的な利益を考えると、品質の保証されていない薬がもたらす健康リスクや社会的コストは計り知れないものとなる可能性があります。
医療システムが抱える現実の悲劇
ますます多くの患者やその家族が海外代行購入や個人輸入に頼らざるを得ない状況に追い込まれています。高血圧や糖尿病などの一般的な病気で使用される国産ジェネリック薬は、輸入薬と比べて効果が劣り、副作用が多いことを医師たちも認めています。
例えば、葉酸の錠剤や流産予防薬である「フロログルシノール注射液」などの重要な薬品が、薬品集中調達で1本わずか0.2元(約4円)という価格にまで引き下げられ、基本的な生産コストすらまかなえない状況です。このような極端な「値引き」は何を意味するでしょうか?患者の健康が「財政赤字」によって犠牲にされています。
ある専門家は、医療資源の分配がすでに「低価格の罠」に陥っていると指摘しています。中国当局が価格引き下げを一方的に追求すれば、薬品の品質や生産能力が影響を受けるのは避けられず、その最終的な犠牲者は多くの患者であるとしています。
管理体制が抱える深層的な問題
中国の医療問題の本質は、行政主導による資源のミスマッチと権力の濫用にあります。薬品監督システムは数十年にわたり腐敗が頻発し、偽薬事件も後を絶ちません。2007年に元薬品監督局長が死刑を宣告された後も、薬品管理の混乱は改善されることなく続いています。
過去には、医薬品の規制データ改ざん、企業の悪質な価格競争、製品品質の懸念など、多くの問題が報じられてきました。一例として、医薬品の臨床試験データの撤回率が89%にも達したとされ、企業は公開審査を受けることを避けるため、自主的に申請を取り下げるケースが多発しました。
医療監督体制の欠陥は、偽薬や劣悪な品質の薬品が市場に出回る隙を生じています。透明性の欠如と独立した監査機関の不足により、患者や医師の薬品品質に対する信頼は徐々に失われつつあります。
患者の権利と社会的責任の欠如
中国の医療システムが抱える核心的な問題は、患者が全く選択肢を持たないことにあります。一般市民にとって、診療を受け、薬を服用することは最も基本的な人権でありますが、中国ではこれが政府による社会統制の手段となっています。
命の尊さに対する敬意が欠如しているため、医療政策は財政赤字を緩和するための調整弁と化しています。普通の患者が廉価なジェネリック薬を使用することで、事実上「臨床試験の対象」とされており、その結果は計り知れません。
公的医療制度の透明性の欠如は、深刻な不信の危機を生み出しています。一見すると国民に利益をもたらすように見える「薬価引き下げ」政策も、実際には市民の健康と命の安全を犠牲にするものです。
信頼できる医療システムの再構築
公子沈は、中国の医療危機を解決するためには根本的な改革が必要だと指摘しています。具体的には以下の3つの方策を挙げています。
1つは、薬品監督・管理の透明性向上。独立した薬品承認機関を設立し、行政介入や商業的賄賂を排除することで、公平で透明性の高い規制を実現することです。
2つ目は、国際基準の導入。国際的な規制システムと調和を図り、薬品の品質と安全性を確保することで、世界標準に基づいた信頼性の高い医療環境を整えることです。
3つ目は、知る権利と選択の自由の推進。医薬品の供給元、製造過程、供給状況に関する情報を公開し、社会が医療システムに対して効果的な監視を行える環境を構築し、患者が自分の治療法を選択できる権利を保障することです。
これらの改革を通じて、医療システムへの信頼を再び築き、国民の健康と命を守ることが重要です。
(翻訳・小林 猛)
