牛郎織女(頤和園の長廊の彩絵).
牛郎織女(頤和園の長廊の彩絵)(Public domain, via Wikimedia Commons)

 中国の伝統的な祭日である「七夕(たなばた)」は、中国語で乞巧節(きっこうせつ)とも呼ばれ、中国の古い民話に基づいた牛郎(ぎゅうろう)と織女(しょくじょ)の真実の愛を祝う祭りであり、毎年の旧暦7月7日に行われます。二千年以上前から祝われてきた七夕祭りは、ロマンチックな愛を祝うため、今や「中国の伝統的なバレンタインデー」と呼ばれることもしばしば。
 では、七夕についてどのような物語が語り継がれているのでしょうか?今回はその愛の物語をご紹介します。

孝行な牛郎に感動した天女

 一般的に、七夕の二人の主人公・牛郎と織女の物語は、いくつかの類似している物語を融合し、現在のバージョンになったとされています。その大本になっているのは、東晋の干宝(かん・ぽう)が著した志怪小説集『捜神記(そうじんき)』とされています――。

 漢王朝期、千乘(現在の山東省高清縣一帯)出身の董永という男がいました。幼いころに母を亡くした董永は、年老いた父の世話を精一杯していました。畑仕事に行くとき、董永は水牛の車に父を載せて畑まで行くほど、いつも父の傍にいましたが、父もなくなりました。父を葬るお金がなく、董永は自分自身を奴隷として売り出して、そのお金で父を葬ることができました。親孝行な董永を見て、董永を買った買主は董永に一万文のお金を渡して、家に帰らせました。
 家で三年間の服喪を行い、董永は買主の家に行きます。その道中、一人の女性に出会いました。女性は董永に「私はあなたの妻になりたいです」と言って、董永はこの女性を連れて買主の家に行きました。
 買主は「また来る必要はないのに。あの一万文もきみへの贈呈品だった。家に帰っては」と言いましたが、董永は「あなたさまのおかげで、父をちゃんと葬ることができ、私の服喪も終わりました。貧しい私ですが、あなたさまのご恩に少しでも報いることができるよう、精いっぱい働かせてください」と答えました。
 感動した買主は、董永の後ろにいる女性を指して「きみの妻は何ができるのか」と聞きました。
 董永は「妻は布を織ることができます」と答えました。
 買主は「そのようでしたら、百匹の縑①を織ってもらえば十分だ」と言いました。
 すると、董永の妻は買主のために織り始め、十日間の速さで百匹の縑①を織りあげました。
 織りあげた後、董永の妻は外に出て、董永に告げました。
 「私は天界に住む織女です。あなたの父孝行が天帝を感動させたので、私は天帝の命令であなたを助けにきました。今、私の役目が終わりましたので、ここでお別れします」
 こう話した後、織女は空に登り、姿を消したのです――。②

 『捜神記』に書かれているこの牛郎織女の物語の大本は、三国の魏の詩人である曹植の『霊芝篇』③にも言及されています。つまり、董永の孝行の心が神様を感動させたため、天女である織女は人間界に下りて董永を助けにきました。人間の善良さに感動した神は、喜んでその善良な人間を助けに来るのです。
 
 そして、牛郎織女の物語は様々な脚色が加わり、今日のバージョンになりました――。

 心優しい牛飼いの少年(牛郎/董永)は村で水牛に乗り、笛を吹き、いつも人助けをしています。一方、天界では、人間界へ出かけたい天女たちが西王母に懇願し、許しをもらい、地上に降ります。
 ある日、牛郎は水牛に乗って川沿いを歩きます。ところが、牛郎が水牛から降りた瞬間、水牛はいきなり川まで突入してしまい、戻ってきた時には、少女の服が角に引っかかっていました。その服の持ち主はまさに、地上に降りてきて河で水遊びをしていた天女たちの一人・織女です。服を返しに来た心優しい董永に、驚いていた織女も安心できました。これが董永と織女のなれそめです。
 しかし、天界の決まりは、人間と神々の結婚を禁じています。二人の恋を知った西王母は怒り、結婚を阻止し織女を連れ戻すための兵を地上に遣わせました。それでも牛郎が見せた真実の愛のためなら自らの命をも捧げる覚悟に、西王母も感動し、牛郎を助けます。そして、カササギの群れに天の川をわたる橋をかけさせ、一年に一度、二人が会えるようにしたのです――。

牛郎も水牛も並々ならぬ来歴

 それにしても、あの水牛はなぜいきなり川に突入したのでしょうか?牛郎と織女の出会いはただの偶然なのでしょうか?牛郎も普通の人間じゃない可能性がありませんでしょうか?
 ここで紹介するもう一つの物語は、その答えの参考になるかもしれません――。

 昔々のある日、天上の神々は集まって人間界を見下ろします。ある場所に目を向けると、神々はそこにいる多くの人が人間たるべきしきたりを忘れてしまったことに気づき、深く心配になりました。体の中のがん細胞が拡散すると人間が死ぬのと同じく、世界中の人々が悪くなってしまったら世界が崩壊してしまうのです。
 ではどうすればいいのでしょうか。ある神は「災難を起こし、悪くなった人間たちを消しましょう」と提案しました。
 ある神は「悪くはなったかもしれませんが、消されるほど悪くはなっていないのでは」と言いました。
 またある神は「そうですね。迷いの中で流されて悪さをしてしまい、何が良いのか何が悪いのかわからなくなっただけなのでしょう」
 神々は、悪くなった人間たちに目を覚まして、悪さをせずに生きてもらいたいのですが、これを直接に伝えるのはかなり難しいのです。
 そんな時、ある神は「私が人間界に行きましょう。私の行いで、人間たちに本当の善悪を教えてあげましょう」と立ち上がりました。
 立ち上がったのは河鼓星君、天の川にある太鼓を司る星に住まう神です。他の神々は河鼓星君に感心していました。
 最初に提案をあげた神は「河鼓星君よ。人間界に行くとすると、あなたの全ての知恵を封じなければなりません。あなたは神としての力を持てず、自分は河鼓星君であることも知らず、人間界にいる人間たちと全く同じでなければなりません。そして万が一、人間たちのように悪さをしてしまったら、あなたは永遠にここに戻ってこられません。これらのことをあなたは知っていますよね?」と、心配しながら述べました。
 河鼓星君は何も言わず、ただ重く頷きました。
 すると、太上老君は河鼓星君に対して「それでは、あなたの護法として、わしのこの青牛を遣わしましょう」と話しました。
 こうして、河鼓星君は貧しい家に生まれて、太上老君の青牛と共に人間界に降りてきたのです――。

 どうやら、織女はもちろん、牛郎もあの水牛も元々神様だったのですね。牛郎織女の物語は、「天をも感動させる孝行の心」「恩を受けたら必ず返す」「感謝の心」「真実の愛」などの意味を込めて、今でも語り継がれているのです。

 2025年の神韻芸術団の巡回公演では、この物語を5分間前後の舞踊劇『牛郎織女』に凝縮して、世界中の観客を魅了します。織女の人間界への降臨、水牛の引き合わせ、牛郎の覚悟、そして二人を乗せるカササギの橋をどのように舞台で表現したのか、ぜひ劇場でご覧になってみてください。


①縑(かとり)とは、目を緻密に固く織った平織りの絹布。
②漢董永,千乘人。少偏孤,與父居,肆力田畝,鹿車載自隨。父亡,無以葬,乃自賣為奴,以供喪事。主人知其賢,與錢一萬,遣之。永行,三年喪畢,欲還主人,供其奴職。道逢一婦人曰:「願為子妻。」遂與之俱。主人謂永曰:「以錢與君矣。」永曰:「蒙君之惠,父喪收藏,永雖小人,必欲服勤致力,以報厚德。」主曰:「婦人何能?」永曰:「能織。」主曰:「必爾者,但令君婦為我織縑百疋。」於是永妻為主人家織,十日而畢。女出門,謂永曰:「我,天之織女也。緣君至孝,天帝令我助君償債耳。」語畢,凌空而去,不知所在。『搜神記・第一卷』より
③董永遭家貧,父老財無遺,舉假以供養,佣作致甘肥。責家填門至,不知何用歸!天靈感至德,神女為秉機。

(文・楊逸凡/翻訳編集・常夏)