扇面絵:南宋・趙伯驌「風檐展巻」( パブリック・ドメイン)

 中国の団扇(だんせん)は、「宮扇」「絹扇」「合歓扇」とも呼ばれ、ハンドル付きの丸型の扇子です。満月に見えることから名付けられ、宮中などでよく使われていました。楕円形、葵型、梅型、六角型などの形があり、木、竹、骨などの素材で作られたハンドルもあり、ペンダント、タッセル、玉石などで飾られているものもあります。縁とハンドルは竹で作られ、扇面は純白の絹で山水、楼台、草花、虫、鳥などが描かれています。どれも優雅な趣を魅せ、高い美学的鑑賞価値を持ちます。

唐・周肪 「簪花仕女図」(一部)(パブリック・ドメイン)

 団扇は中国で生まれ、その後日本に伝わりました。扇は殷の時代に初めて登場し、色とりどりできらきらしているキジの羽で作られて、「障扇(しょうせん)」と呼ばれました。当時、扇子は風を送って涼むためのものではなく、皇帝が視察に出かける時に日よけや風よけ、砂よけをするために使われていました。
 漢の時代から北宋の時代にかけて、団扇が流行しました。その中でも、四川(蜀)、蘇州、杭州製の「紈扇(がんせん、練り絹を張った団扇)」が最も精巧に作られており、最も長い歴史を持っていると言われます。
 西漢の時代以降、扇子が涼しさを保つために使われるようになりました。東漢の時代には、刺繍画の装飾を施すために、扇子は主に絹や綾羅(りょうら)などの布地の素材が使用されていました。
 三国時代、諸葛亮はガチョウの羽扇を振り、妙計を次々と出していました。羽扇から出る風はゆっくりと柔らかく、身体を冷え込ませることがありませんでした。
 宋・元の時代の団扇は、ほとんどが羅や絹でできており、片面だけが絵画や書が描かれていました。明・清の時代になると、絹、紗、羅、緞子などで両面模様の団扇が流行し、同時に磁器緑、漆金、湖色などでの着色が加えられ、絵画、緙絲(こくし)、刺繍、切嵌(きりばめ)、引き糸などの芸術的加工を取り入れましたので、名人や巨匠をはじめとする数多くの熟練した職人や文人を魅了し、丁寧に設計して丹精込めて制作し、団扇書画の芸術を頂点に導きました。

南宋・林椿「梅竹寒禽図」( パブリック・ドメイン)

 清の時代の養蚕書『西呉蚕略』によれば、明清時代には、上記の材料のほかに、「自成絹」という扇子材料もありました。繭を作るために絹を紡ごうとしている蚕を平らなまな板の上に置いて、絹糸を出す蚕は板の上であちこち移動し、乱雑に絡み合ったシルクのフレークを形成します。この自成の絹を扇面にカットしたり、扇面に額装したりすることができます。通常の紙や絹とは大きく異なり、墨汁や顔料の吸収が少ない一方、独特な審美効果を得ることができます。
 また、唐宋の時代には刺繍を施した団扇もありました。現在、遼寧省博物館が所蔵する「瑶台跨鶴図」は、南宋時代の刺繍の現存する唯一の見本であり、現在稀に見る刺繍団扇は基本的に明清時代の実物です。一般的には刺繍団扇に紗と羅を使用することが多く、自成絹と同じく大量生産ができず、比較的希少な品種なのです。
 清の時代には、深窓の才気あふれる令嬢たちの中に、鑑賞する団扇に花や鳥を描き、その大まかな輪郭を針で刺繍したり、自分の印鑑を刺繍したりする人もいました。こうして、香りと才気に溢れる作品を後世に残しました。

 そして、神韻芸術団の公演では、舞踊劇の登場人物が手に持っている団扇が登場するほか、団扇をテーマにした中国古典舞踊作品も楽しめます。たとえば、2018年の神韻の中国古典舞踊『中原の美』で、花と蝶が描かれた団扇を持つ少女たちは、水面のきらめきと小鳥がさえずりわたる中で、純粋で優美な精神の象徴である団扇の華やかさと美しさが、いっそう際立ちました。

 神韻のこれからの巡演シーズンは2023年12月に始まり、2024年2月まで続きます。名古屋、東京(渋谷)、京都、さいたま、堺、大阪、鎌倉、東京(八王子)、東京(文京)、札幌、神戸、福岡の12カ所で公演を行います。神韻でしか観られない舞踊と生演奏のオーケストラの饗宴という特別な体験を、劇場でお楽しみください。

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神韻2024日本公演

(翻訳・宴楽)