(Pixhere, CC0)

 思うとおりに行かない時が必ずあります。たとえ周りがどんな要望に応えてくれても、「なんか違う」と思う時が必ずありますよね。
 具体的には、どのようなことがありますか?
 まずは、周りの人たちに対してです。好き嫌い、出会いと別れ。人間はそれぞれの気持ちと考えがあって、それをコントロールすることができないから、そこから必ず不満が生じます。
 次は、生・老・病・死などの四苦八苦という人間の運命です。自然の規律で、人間に必ずやってくる苦しみは、どんな身分でも避けられません。
 そして何より、「予想外のこと」というのは、どんなに計算しても必ず発生するものなのです。

 では、思うとおりに行かない時、私たちは何もできず、嘆くしかできないのでしょうか?

 古代インドから伝わってきた言葉があります。

・出会った人だけが、出会ってよかった人。
・起こった出来事が、起こりうる唯一の出来事。
・出来事が起こったタイミングは、ベストタイミング。
・終わったことは、終わったこと。

 これらの言葉は、多くの人々の共感を呼びました。不可抗力による出来事に直面する時、理性を保ち、自分を見失ってはいけないと、伝わっているからです。

 こちらの二つのお話を見てみましょう。

いつか必ず出てくる「答え」

 疲れ果てた旅人が、川の横を歩いていました。旅人は、川沿いに川を渡ろうとするおばあさんを見かけました。旅人は渾身の力を使って、おばあさんをおんぶして、川を渡りました。ところが、おばあさんは旅人に一言も発せず、駆け足でその場を去りました。
 旅人はとても後悔しました。最後の力をふり絞っておばあさんを手伝ったのに、「ありがとう」の一言すらもらえなかったなんて、時間と体力の無駄だったなと、旅人は続けて目的地へ歩き出しました。
 数時間後。もうこれ以上歩けないと旅人が思う時、とある若者が馬に乗って旅人を追いつきました。
 「あなたが祖母を川のこちら側に渡して頂いた方なのですね!本当にありがとうございます!祖母は、あなたが使えるものを持っていってと、僕に頼みました。こちらをどうぞ!」
 と、若者はたくさんの食料品と、自分が乗っていた馬を旅人に渡しました。

 すべてのことに「答え」があります。その「答え」が出てくるのが遅いかもしれません。しかし大事なのは、「答え」が出てくるまでの時間に、初心を忘れず、辛抱強く待つことなのです。山に向かって「ヤッホー」と声をかけてから、「ヤッホー」と返ってくるまで、時間がかかることもあります。これと同じく、努力の後の報酬はいつもその場でもらえるわけではなく、待つことも大事です。
 登り続ければ山の頂上にたどり着けます。向かい続ければ新天地が現れます。果てしなく長く見える旅路も、必ず終着点があります。時間が許す限り、気長に待つことにしましょうか。

「全てが、うまくいくようになっている」

 とある国に、狩りが大好きな国王がいました。政務が忙しくない時に、国王は信頼を置いている宰相を連れて狩りに出かけます。
 その宰相の口癖は「全てがうまくいっています」でした。国王はこの口癖を気にしたことはありませんでした。
 ある日、一人で狩りに行った国王は、弓一射で豹を倒しました。得意げにうつむいて豹を拾おうとした国王は、死に際の豹に突然襲撃されて、小指を噛まれて、半分しか残りませんでした。
 不愉快な国王は小指の手当てを済ませて、宰相を食卓に呼んで狩りの話をしたら、宰相は「王様、これはいいことですよ。全てがうまくいっているんじゃないですか」と笑いながら言いました。
 怒り心頭の国王はこれを聞いてさらに怒り立ち「お前を今すぐ投獄してやっても、うまくいっているとでも言うのかね?!」と宰相に言いました。
 宰相は微動だにせず「これもこれでうまくいっていると、私は信じております」と、笑いながら言いました。
 国王は大層怒り、宰相を投獄しました。
 一か月後、傷が治った国王は一人で狩りに出かけました。辺鄙なジャングルの中に入ってのんびりと歩いていると、突然、周りから大勢の野人たちが出てきて、国王を捕まえました。
 その日は満月の日でした。野人の部落では、満月の日に生贄を捕まえ、焼き殺し、満月の女神に捧げるという残忍な掟がありました。今日の生贄は国王だったそうです。
 祭壇の上に束ねられて身動きができない国王が絶望的になっていた時、野人部落の祭司はいきなり驚きだしました。国王の小指が欠けていることに気づいたからです。
 小指が欠けている生贄を、満月の女神様に捧げたら、必ず女神様に怒られて、神罰を受けるぞ!
 野人たちは慌てて、国王を解放しました。
 王宮に戻った国王は、じっくり考えて、宰相を釈放して、酒宴を催しました。
 国王は「あなたの言ったとおりだった!小指が欠けていなければ、私はもう満月の女神様の生贄になっているところだった。確かに、すべてがうまくいっているんだね」と宰相に笑いながら言いました。
 「しかし、」と国王は首を傾げて、「あなたの一か月間の牢獄生活も、うまくいっているものなのか?」と宰相に聞きました。
 宰相はいつものようにゆっくりといっぱいのお酒を飲みほして「全てがうまくいっていますよ。私が牢獄にいなければ、王様の今回の旅に必ず連れていかれます。そして満月の女神に捧げられる生贄は、小指が欠けている王様ではなく、その横にいる私に決まっているのではないでしょうか」と言いました。
 国王は思わず大笑いして「なるほど!すべてがうまくいっているんだ」と言いました。

 思わず困難に遭う時は、その場で受け入れることが難しいかもしれません。しかし時間が経つと、いつか「すべてがうまくいっている」と気づく時が訪れます。
 例えば、失くしたものは、欲しいものがやってくる場所を明け渡すための準備だ。例えば、今いる低い谷は、高い峰への飛躍のためのウォーミングアップだ。このように思考を変えてみれば、見える景色がガラッと変わるかもしれません。

 思うとおりに行かない時でも、全てが、うまくいくようになっています――。

(翻訳編集・常夏)