兄の劉備を尋ねて千里を駆け抜ける関羽(北京・頤和園の回廊絵画)(Shizhao / Wikimedia Commons CC BY-SA 3.0 )

 「初生牛犢不怕虎(生まれたばかりの子牛は虎を恐れない)」という中国のことわざをご存じでしょうか。

 『三国志演義』にもこのことわざに関する物語があります。曹操に仕える龐徳は、数百回も関羽に一騎打ちで挑戦しましたが、勝負が決まらず、双方が軍を撤退させた時、関羽の息子・関平は、「生まれたばかりの子牛は虎を恐れないと言います。父上はあの龐徳を討ち取ったとしても、所詮、西羌①の一兵卒を倒したにすぎません」と関羽に言いました②。父親を気遣う関平は、わざと龐徳を生まれたばかりの子牛のような一兵卒に例えましたが、龐徳ははるか昔から馬騰に仕え、幾たびもの戦功を挙げ、輝かしい勇将でした。

 夷陵の戦いにおいて、向かうところ敵なしの快進撃をしてきた蜀漢皇帝劉備は、呉国の大都督に委任された陸遜を実戦経験のない文人だと軽蔑しましたが、当の陸遜の火計によって築き連ねていた陣地を悉く攻め落とされ、大敗してしまいました。陸遜の勝因は、劉備の「虎」のような性格を見破り、驕った軍隊は必ず負けると見抜いていたからだともいえるでしょう。

三顧の礼の絵(北京・頤和園の回廊絵画)(ウィキペディア、パブリック・ドメイン)

 一方、「虎」に対する認識が乏しいにもかかわらず、「虎」に挑戦しようとすれば、酷い目に遭うのが必至です。中国戦国時代の趙の名将といわれた趙奢の子・趙括(ちょう・かつ)は、兵学に通じており、兵法論議においては失敗したことがないと言われています。しかし、趙括の父母は将軍としての能力は皆無だと思っていました。特に、趙括の母は「どうしても括を用いられるのであれば、どんな結果になっても、一族などに罪が及ばぬようにお願いします」と、孝成王へ直訴するほど、趙括の実戦能力への不安を表しました。しかし、恐れを知らない趙括は頑固として前線に向かいました。その結果、長平の戦いで、秦の常勝将軍・白起に大敗して、趙軍40万人と自分の命を葬ることになりました。

長平の戦い(Angie/大紀元)

 この三つの物語から、「虎」でも「子牛」でも、恐れを知らず、むやみに偉そうに思い上がれば、失敗するどころか、致命的な大惨事をもたらすと言えます。「事実の不知は罰せず」や「無知なるものは恐れも知らず」などの論調は、全くのデタラメであり、人に多大な害を与えます。

 孔子は、「君子が恐れ慎まなければいけない三つのことがあります。それは天命を畏れ、聖人を畏れ、聖人のことばを畏れることです。小人は天命を理解しないのでそれを畏れず、なれなれしく聖人に接し、自分と同じだと思い、聖人の言葉を軽んじ侮ります」③と、「畏れ」の大切さを語りました。人間として、知らないことがたくさんあるのは当然のことですが、畏れを忘れず、先哲たちの教えを実行すれば、危険に遭うこともありません。代わりに、孔子の言う小人のようになれば、災いが必ず訪れます。

孔子(紀元前552年10月9日―紀元前479年3月9日)(看中国/Vision Times Japan)

 「天命を畏れる」というのは、人々の信仰心を指し、天地と神仏への畏れを持つべきという意味です。中国の歴史では、北魏太武帝拓跋燾(たくばつ・とう)、北周武帝宇文邕(うぶん・よう)、唐武宗李炎(り・えん)と後周世宗柴栄(さい・えい)の4人の皇帝が、仏典と仏像を破壊し、僧侶を殺害したことによって、悪い報いに遭い、惨死しました。文化大革命で、恐れを知らない紅衛兵たちは、至る所で寺や道観を破壊しましたが、その紅衛兵たちは悪い報いに遭い、発狂したり、障害者になったり、惨死したりしました。

 「聖人を畏れる」というのは、父母、年長者、学識者たちの忠告に耳を傾けるということです。川辺で釣りをしている呂尚(りょ・しょう、姜子牙)を「師尚父」と尊ぶ姫昌(き・しょう)は、後の周文王になり、800年も続く西周建国の王となりました。橋の下に落とした履を「拾え」と黄石公に命じられても、怒らずそれに従った張良は、『六韜(りくとう)』を譲り受け、前漢建国の功臣になりました。

 「聖人のことばを畏れる」というのは、四書五経や仏典、道典などの聖人の言葉を畏れ、従えば、欲望に溢れる世の中に惑わされることなく、本心を保つことができるということです。さもなければ、信仰心を失い、恐れを知らず、どんな悪事でもしてしまうでしょう。

 現代社会でも、恐れを知らない者が悪い報いに遭う事例は少なくありません。勢力を笠に着て横暴非道なことをしてきた汚職官吏たちは悉く処罰されています。信仰と人権を迫害する中国共産党の官吏たちは、米国での資産が凍結され、入国も禁止されています。まさに因果応報です。天意を畏れず、人間の普遍的な価値観に背き、悪事を働くと、その報いとしてすぐさま天が罰を下し、人間の法律による処罰を受けるのです。

註:

 ①中国西北部に住んでいる民族
 ②『三国志演義』第七十四回より
 ③中国語原文:孔子曰、君子有三畏、畏天命、畏大人、畏聖人之言、小人不知天命而不畏也、狎大人、侮聖人之言。(『論語・季氏第十六』より)

(文・兪元/翻訳・常夏)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。