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 90年代、米国の慈善家ケン・ベリングはサンフランシスコ湾を通った時、財布がなくなったことに気が付いた。

 「おそらく午前中、バークレー市のスラム街を歩いた時に落としたのでしょう。どうしますか?」と助手が聞くと、ベリングは「財布を拾った人が私達に連絡すのを待つしかありません」と残念そうに答えた。

 2時間後、助手は失望し「もう待つのをやめましょう。スラム街の人に対して希望を持つべきではありませんでした」と言ったが、べリングは「いいえ、私はもう少し待って見たいです」と落ち着いて言った。

 助手は「財布の中に名刺があったはずです。拾った者が、電話をかれば数分のことでしょう。私たちは十分待ちました」と言ったがベリングは依然として待った。日が暮れる頃、電話が鳴り、財布を拾った人が取りに来てくださいというものだった。

 「これは罠かもしれない、彼らはゆすろうとしているのでは?」と助手は疑いながら言った。

 ベリングは気にとめず、すぐに車で向かった。約束の場所に着くと、ぼろぼろの服を着た男の子が歩いてきて、手にはベリングの財布を持っていた。助手が財布を細かく調べると中のお金はそのままだった。

 「一つお願いがあります。少しお金をいただけますか?」と、男の子はためらいながら言った。

 この時、助手は大いに笑った。「やっぱりそうか・・・」べリングは助手の話を断ち切って、微笑みながら男の子にいくらにほしいのか、と聞いた。

 「1ドルあれば足ります。長い間歩いてやっと公衆電話を見つけましたが、お金がなかったので他人に1ドルを借りて電話をかけました。私はその人に返さなければなりません」

 

 「1ドルはさえあれば足ります」男の子の澄みきっている目に助手は恥ずかしくなった(画像:AdobeStock)

 男の子の澄みきった目に助手は恥ずかしくなり、ベリングは男の子を抱きしめた。ベリングはバークレーのスラム街の子供たちに出資し、多くの学校を建てる慈善計画を出した。

 学校の始業式でベーリングは「むやみに他人を推測してないでください。清らかで善良な心は最も値打ちがあります。このために私は投資します」と子供たちに語った。

(翻訳・項 内秀)