最近、中国の山間部では、道路沿いの落石や山崩れが相次いでいます。走行中、頭上から小石が転がり落ちる音が聞こえたかと思うと、突然、車の目の前に巨大な岩が落ちてくることもあります。こうした危険な場面が、ますます多く見られるようになっています。各地で山肌が崩れ、巨大な岩が道路脇まで転がり落ちたり、斜面の土砂が一気に滑り落ちたりしています。崩落そのものは小規模でも、山道を走る車のすぐ前で起きれば、大惨事につながりかねません。危険に気づいてから回避するために使える時間は、わずか数秒しかないことが多いのです。
9月21日、重慶市大足(だいそく)区で斜面が突然崩れ、約72立方メートルの土砂や岩が、下にあった住宅2軒の裏側の壁を押し倒しました。同じ日、四川省理塘(リタン)県でも山崩れが発生し、国道227号は一時、上下線とも通行できなくなりました。似たような光景が、ほぼ同じ時期に、異なる地域で相次いでいます。
特に注意が必要なのが、三峡ダムの貯水池とその周辺です。地質調査の専門家が長年、重点的に監視してきた地域です。
9月22日、湖北省の自然資源庁と気象局が共同で、土砂災害の危険性について警報を発表しました。今回、名指しされた地域には、三峡ダムの貯水池周辺も含まれています。巴東(はとう)県の大部分、興山(こうざん)県の西部、秭帰(しき)県の西部では、崖崩れや地滑り、土石流の危険性が高まっているとされました。当局は、警報の対象地域へ行くかどうか、慎重に判断するよう呼びかけています。
なぜ三峡ダムの貯水池周辺に土砂災害の警報が出ると、特に注意が必要なのでしょうか。その答えは、秭帰県という場所にあるのかもしれません。湖北省の自然資源部門は、秭帰県を「三峡ダムのすぐ上流にある、貯水池の重要な地域」と位置づけています。ここは山が高く、谷が深いうえ、貯水池の岸が長く続いています。地質構造も特殊で、岩盤は風化してもろくなっており、もともと中国でも土砂災害対策の重点地域の一つです。
実際、秭帰県が土砂災害の危険性の高い地域に指定されたのは、今年初めてではありません。今年7月7日にも、湖北省の自然資源庁と気象局が共同で同様の警報を出しています。その理由も「それまでに降った雨の量が多い」というものでした。当時は秭帰県の中部と南部が、崖崩れや地滑り、土石流の危険性が高い地域に指定され、警報の対象には宜昌(ぎしょう)市、孝感(こうかん)市、武漢(ぶかん)市、咸寧(かんねい)市、黄岡(こうこう)市なども含まれていました。つまり、今回だけではなく、同じ地域で、同じ年に繰り返し危険を知らせる警報が出ているのです。
しかも、秭帰県の山が長江に崩れ落ちるというのは、仮定の話ではありません。過去に実際に起きており、その規模は、長江の船の通航を半月近く止めるほどでした。
1985年6月12日、秭帰県の新灘(しんたん)で、極めて大規模な地滑りが発生しました。約3000万立方メートルもの巨大な土砂の塊が突然滑り動き、家屋が壊され、被害は部屋数で1569室に及びました。崩れた土砂や岩のうち、約340万立方メートルが長江に流れ込みました。大量の土砂が一瞬で水中に入り、最大で高さ54メートルの大波を引き起こし、長江では12日間にわたって船の通航が停止しました。新灘から現在の三峡ダムまでは、わずか約27キロしかありません。
この地滑りは、地質調査を担う部門に大きな懸念を抱かせました。公開資料によると、中国の地質調査の専門家は、1968年から新灘の地滑りと、鏈子崖(れんしがい)の崩落の危険がある岩盤を長期にわたって監視してきました。1995年には、黄蠟石(こうろうせき)の地滑りも監視対象に加えました。
新灘に隣接する広家崖(こうかがい)では、監視データから、崩落の危険がある約60万立方メートルの岩盤に変形の兆候が確認されています。観測を始めてから現在までに、最も大きく沈んだ地点では十数センチの沈下が見られ、水平方向のずれも拡大し続けています。この山の斜面が全体にわたって崩れるのか、崩れた場合、再び大規模な地滑りを引き起こすのか。地質調査を担う部門は、今も注意深く見守っています。
その後、三峡ダムの貯水池周辺では、人工衛星で位置を測定する監視網も、地域全体に順次整備されました。共通の位置の基準を使い、それぞれの地滑りによる地面の動きを継続的に追跡しています。つまり、秭帰県一帯の山々は、三峡ダム事業の計画段階からほぼずっと監視されてきたのです。しかし、数十年が過ぎても、監視が必要な場所は減っていないようです。
三峡ダムに水をためるようになってからは、長期的な監視が必要な要因がもう一つ加わりました。貯水池の水位が周期的に上下することです。中国地質調査局は今年8月、三峡ダム周辺の土砂災害対策について説明した際、貯水位が標高175メートルに達するようになって以降、水位は標高145メートルから175メートルの間で周期的に上下しており、崖崩れや地滑りなどの危険性は長期にわたって存在すると明言しました。仕組みは複雑ではありません。水位が下がると、それまで長く水につかり、浮力に支えられていた斜面の裾が、急に水面の上に出ます。さらに、川の水に繰り返し洗われて削られることで、斜面全体が不安定になります。
湖北省の自然資源部門も、新灘について説明する中で、貯水池の水位が周期的に上下することや、川の水が斜面の裾を繰り返し削ることによって、一部の斜面が不安定になると指摘しています。山の土砂が大規模に川へ滑り落ちれば、今度は大波が発生し、航路や船舶、沿岸の住民や施設を脅かす可能性があります。
そして、こうした兆候は、数十年前の出来事に限った話ではありません。最近も再び現れています。
今年5月末、秭帰県の戴家坪(たいかへい)では、強い雨が続き、貯水池の水位が急速に下がる中で、地滑りによる地面の明らかな変形が再び見られました。地面が動いた距離は累計で最大9.85メートルに達し、地元では6世帯14人が事前に避難しました。
ですから今、秭帰県の一部が再び崖崩れや地滑り、土石流の危険性の高い地域に指定されたことは、軽く聞き流してよい気象情報ではありません。9月21日の朝から22日の朝にかけて、恩施(おんし)トゥチャ族ミャオ族自治州や宜昌市の西部では、すでに強い雨や豪雨が降っています。山の斜面そのものに危険があるうえ、降り続く雨によって、斜面内部の水分量や圧力も変わり続けています。この先、三峡ダムの貯水池周辺の山々に、異変が起きるのでしょうか。
あと数日で、中国共産党がいう「10月1日の国慶節」を迎えます。現代科学の立場から見れば、山崩れは自然現象です。降雨、地質構造、岩石の風化、水位の変化など、さまざまな要因が山の斜面の安定性に影響します。一方、中国の伝統文化には、人と自然は一体であるとし、自然災害を政治への警告と捉える古くからの思想があります。そのため、古代中国の人々は、山や川の異変を政治や王朝の盛衰と結びつけることがよくありました。「山が崩れ、川が枯れるのは、国が滅びる兆しである」という言葉は、『国語』の「周語」に由来します。西周の末期、涇水(けいすい)、渭水(いすい)、洛水(らくすい)の三つの川が干上がり、岐山(きざん)が崩れたことから、高官の伯陽甫(はくようほ)が、西周の滅亡が近いと予言した故事です。
今のように山が崩れ、大地が裂ける光景が数百年前に現れていたとしたら、当時の中国の人々は、それをどのような兆しと受け止めたのでしょうか。
(翻訳・藍彧)
