ある仏教寺院に、篤志家が金塊を寄進します。僧たちはその厚意に喜び、鍛治職人に仏像を造るよう依頼します。ところが、その様子を物陰から盗賊が窺っていました。完成した仏像は、たちまち盗賊の手に落ちてしまいます。
突然の出来事にも、僧たちは嘆き悲しむことはありませんでした。しかし、仏像を取り戻すには、盗賊の巣に忍び込み、傷つけずに寺へ持ち帰らねばなりません。そんな難題を前にして、知恵と工夫を凝らした奇策を思いつく僧たち。やがて試みは功を奏し、再び仏像を手にします。さらに、佛法の威厳を前にして、盗賊たちは思いもよらぬ結末を迎えるのです――。
2026年の神韻芸術団の巡回公演では、中国古典舞踊劇『奇妙な出会い』において、この不思議で微笑ましい物語を世界中で披露し、数多くの観客の拍手を受けました。
仏像に関する不思議な物語は数え切れないほどあります。神韻芸術団のこの黄金仏像にかかわる物語を観た後、私も昔の仏像に関する体験を思い出しました。
1988年秋、私は招待を受け「自己肯定」がテーマの会議で講演をするため、妻と一緒に香港へ行ってきました。初めての極東地域のため、香港を後にしてからはタイを訪れることにしました。
バンコクに到着後、私たちはまず市内の有名な寺院を訪れることにしました。通訳と運転手の同行で、さまざまな寺院を回り、それぞれの荘厳さに感激していましたが、どれも一瞬の輝きでしかなく、すぐに記憶が薄れていきました。
しかし、ワット・トライミット(黄金仏寺院)という寺院は、忘れられない印象を残してくれました。
この寺院は敷地が広くなく、面積は約25坪ほどですが、境内に入ると、目の前には高さ約2.5メートル、重さ2.5トンにも及ぶ、全身が純金で造られた実心の仏像が現れました。慈悲の中に威厳をたたえたこの黄金仏像を仰ぎ見ると、言葉に表せない衝撃が心に走りました。
他の観光客が写真を撮ったり、仏像を見て感嘆したりしている間、私は近くのガラス展示ケースに、厚さ8インチ、幅20インチの土塊を見つけました。横の説明文を読んで初めて、この土塊には感動的な秘話があることがわかりました。
1957年、タイ政府がバンコク市内に高速道路を建設することを決定。予定路線上にある寺院は移転を余儀なくされ、寺院の僧侶たちは土でできた仏像を移動しようとしました。しかし、仏像は予想以上に大きくて重かったため、大事な仏像にひびが入ってしまいました。さらに悪いことに、その時激しい雨が降り出しました。寺院の老僧は神聖な仏像がこれ以上損傷しないよう、いったん仏像を元の場所に戻し、大きめの帆布で覆わせ、雨水から守ることにしました。
その夜、老僧は懐中電灯を持って帆布をめくり、仏像の状態を確認しました。懐中電灯の光がひびの部分に当たると、不思議な光が反射して戻ってきました。この土の仏像の中に何か別のものが隠されているのではないかと推測した老僧は、ノミと金づちを取ってきて、慎重に仏像の表面を叩き始めました。すると、最初の土片を叩き落とした瞬間、金色の何かが輝き始めました。老僧は作業を速めて、何時間もの苦労の末、ようやく、この純金で造られた仏像が再び世に姿を現しました。
歴史学者によると、何百年も前、ビルマ軍が当時シャムと呼ばれていたタイに侵攻しました。当時のシャムの僧侶たちはビルマ軍に略奪されないよう、貴重な黄金仏像の表面を泥で覆い保護しようとしました。後に僧侶たちは命を奪われましたが、仏像は無傷で保存され、1957年になってようやく再発見されました。
アメリカへ帰国する飛行機の中、私は考えました。私たちは皆、あの土の仏像のように、さまざまな理由で厚い殻を被っています。しかしその殻の下には、実は『金の菩薩』または『金のキリスト』がおり、それが本当の自分自身なのです。幼い頃から、私たちは心の中の黄金のように純真な自分自身を隠すことを学びましたが、今はあの老僧のようにノミと金づちを持って、殻を叩き落とし、純真な自分を発掘しようではありませんか。
(翻訳・慎吾)

