近年、チベット自治区や青海省などで、チベットヒグマが頻繁に出没し、人身被害や死亡事件が相次いでいます。しかし、住民の恐怖やネット上でのSOSに対し、地元当局はこれを否定し続けています。取材に応じた複数の住民は、「被害は現実に起きている惨劇にもかかわらず、当局が問題を直視しないため、自力でこの恐怖と損失に耐えるしかない。」と無念さを口にしました。

 これに先立ち、ネット上では「丁青県でのヒグマによる食害事件に目を向けてほしい」という訴えが拡散されました。同地域では毎年犠牲者が出ており、一家の中で複数名が命を奪われる例もあるとされます。これに対し、同県の林業・草原局は強く否定しています。当局は、野生のヒグマが冬眠明けに餌を探すため人を襲う可能性は認めたものの、人を食べる惨劇は存在せず、市街地への侵入も極めて低いと強調しました。

 しかし、現地からの切実な声は、こうした当局の公式見解を根底から覆しています。青海省玉樹雑多県のある村民は、昨年6月に地元で複数の惨劇が起きたと明かしました。ある子どもがヒグマに襲われて命を落とし、その母親はショックのあまり精神を病んでしまったといいます。また、この村民の義兄もヒグマに襲われ頭部に重傷を負いましたが、幸いにも早く発見されたため一命を取り留めました。チベット自治区那曲市巴青県の村民も、自身が中学生だった頃、後輩がヒグマに襲われて顔の判別がつかないほどの重傷を負った事実を証言しています。これほど凄惨な事実を前に、なぜ当局の初動が真相の隠蔽なのか、地元の人々には到底理解できない状況が続いています。

 暖かくなるにつれ、現地は冬虫夏草の収穫の最盛期を迎えます。チベット族の住民にとって、これは単なる副業ではなく、一年を通じた重要な生計手段です。現地の気候は厳寒で、農牧業の収入が限られているため、多くの家庭にとって年間の医療費、学費、冬用の食糧購入費のすべてが、このわずか1、2カ月の冬虫夏草のシーズンにかかっています。豊作の年には、冬虫夏草の収穫だけで年間約数百万円(十数万元から二十数万元)の収入になり、年収の8割以上を占めることもあります。そのため、山全体に致命的な危険が潜んでいると分かっていても、村民たちは明日の糧を得るために、山へ入らざるを得ないのです。これらの資源の産地は通常、外部の者の立ち入りが禁止されているため、地元の村民たちだけが怯えながら作業をしており、ヒグマを防ぐために昼夜を問わず単独行動を避けています。

 近年、チベットヒグマの活動範囲は明らかに拡大しています。個体数が激増しているだけでなく、頻繁に居住区に侵入し、家屋や家畜を襲う事件が後を絶ちません。バチェン県や青海省格爾木市唐古拉山鎮の牧畜民は皆、自宅がヒグマに荒らされたことがあると語っています。これらのヒグマは極めて高い知能を見せ食べ物を探すために、正面から入れない場合、踏み台を探して屋根に登って侵入し、屋内の家具や食糧、肉類を荒らし回ります。牧畜地域の住民だけでなく、野外で作業する労働者も危険にさらされています。ナクチュで働く通信作業員は、昨年8月に山で巡回点検をしていた際、全く無防備な状態のところに突然飛び出してきたヒグマに500メートル追いかけられました。しかし、車に逃げ込んでかろうじて命を取り留めたと振り返っています。

 日に日に深刻化する命の危険に直面し、住民は追い詰められた状況に陥っています。一部の観光客による無責任な餌やりがヒグマの習性を変え、人間の居住区へますます近づける結果を招いたという指摘もあります。一方で、チベットヒグマは国家二級保護動物に指定されており、手出しができない状態です。牧畜民たちは、「猟銃はすでに国に没収されており、ヒグマに遭遇しても逃げ切れないし、なす術がない。」と無力感をにじませています。いわゆる防犯対策は名ばかりの存在です。関連規定では被害者が3人に達した場合にのみヒグマの捕獲が許可されるとの噂もありますが、村民たちに言わせれば、現実の犠牲者数はとっくにその数を超えています。

 さらに、生命と財産に甚大な被害を受けても、被害者は当局から実質的な補償や支援をほとんど得られないのが実情です。「運が悪かったと泣き寝入りするしかない」「政府は全く関知していない」というのが、地元の牧畜民の間に広がる無念の共通認識となっています。

 こうした黙殺や隠蔽の背景には、末端行政の構造的問題が潜んでいます。生態保護が強化され続ける評価指標の下では、人と野生動物の衝突は地方幹部の生態管理へのマイナス事案とみなされがちです。被害が頻繁に露呈すれば、地方幹部の環境保全の業績や昇進に直接響くことになります。そのため、ネット上でのSOSに対し、地方当局は往々にして情報を抑え込み、平穏を装うのです。

 同時に、野生動物による被害の補償規定は法律上存在するものの、実際の運用では有名無実化しています。煩雑な手続きや長い審査、余裕のない地方財政の事情から、補償金が実際に渡ることは極めて困難です。増え続ける猛獣と、無防備で助けを求める先もない村民たち。衝突が激化する中、現地の人々は当局の否定的な公式発表の裏で、常に死の危険と隣り合わせの過酷な日常を生き延びるしかないのが実情です。

(翻訳・吉原木子)