海外に長く住む華僑の一人がこのほど、SNSで自身の戸籍所在地である甘粛省隴南市武都区が住民にパスポートの提出を求める通知が届いたと明かしました。理由は「一括して一時保管するため」と説明されたそうです。

 この人物は「もう長年中国国内では暮らしていないのに、提出の連絡が届いた」と話します。さらに、いったん預けると、出国が必要な場合は事前に現地当局に届け出て審査を受けなければならず、関係当局は明確な法的根拠や「一時保管」の期限も示していないということです。

 記者が公開情報を調べたところ、甘粛省隴南市がこの件について発表した正式な公告や法的文書は見つかりませんでした。しかし、複数の地域の住民が取材に対し、同じような措置はここだけの話ではないと証言しています。

 雲南省のある住民によると、現地のコミュニティは一部の住民に対し、パスポートをまとめて保管するよう求めています。海外への親族訪問や仕事で出国する場合は、街道弁事処に申請書を出し、目的を説明したうえで、審査を待たないとパスポートを返してもらえない可能性があるといいます。審査にかかる時間も一定ではなく、手続きの基準も統一されていないとのことです。

 複数の取材対象者は、こうした要求が多くの場合、口頭の連絡だけで伝えられ、派出所や街道、コミュニティが現場で実行しており、書面での通知はなく、対象の範囲や実施期限についての説明もないままだと指摘します。

 貴州省遵義市の住民、劉さんは記者に対し、地元政府が最近、海外へ頻繁に出る人たちを重点的に注視し始めたと語りました。「アメリカやヨーロッパ、日本によく行く人は、多くがパスポートを提出するよう求められている。中には帰国したあと、担当の警察官に呼ばれて調書を取られ、『何のために海外へ行ったのか』と聞かれた人もいた。友人のパスポートはすでに提出させられており、今後また出国したい場合は、まず街道弁事処に申請を出さなければならない」

 一方、貴陽市の住民である黄さんは、地元の公安当局が街道や担当警察官を通じて個人の状況を調べることがあると話します。調査対象には、犯罪歴があるかどうか、ブラックリストに載っているかどうかなども含まれるということです。「国際線の航空券を予約しただけで、警察から電話がかかってくることがある。なぜ出国するのか、目的をはっきり説明するよう求められる」

 取材に応じた他の人の中には、すでに去年の段階で一部の公務員がパスポートを一括提出するよう求められており、今回の措置はその対象が一般国民へと段階的に拡大していると指摘する声もありました。

 中国の現行法では、パスポートは国民の合法的な身分証明書であり、いかなる組織や個人も違法に差し押さえてはならないとされています。刑事事件や行政事件に関わる場合に限り、司法機関が法律に基づいて当事者のパスポートを差し押さえることはあり得ますが、その場合でも明確な法定手続きを踏む必要があります。

 湖北省武漢市の弁護士、張さんは記者に対し、最近一部地域で進められている「パスポートを集中して保管する」措置には、明らかに合法性の問題があると指摘しました。「法律は国民の出入国の自由を保障している。特定の事件の当事者ではなく、一般国民に広くパスポート提出を求める場合、はっきりした法的根拠、適用条件、手続きが必須である」

 張さんは、街道弁事処やコミュニティ、勤務先のいずれも、私用のパスポートをまとめて預かったり保管したりする権限はなく、まして出国に際して「事前の届出」や「審査」を必須とする前提条件を設ける権限もないと述べました。「これは実質的に、国民の自由な移動に対する事前の管理であり、通常の行政管理の範囲を明らかに超えている」

 また、移動の自由は、『世界人権宣言』と『市民的及び政治的権利に関する国際規約』のいずれでも基本的人権として認められています。前者は国際慣習法を反映するものとして広く認識され、後者についても中国政府はすでに署名しています。後者の第12条は、「すべての人は、いずれの国からも、自国を含め、自由に出国する権利を有する」と定めています。

 こうした点から見れば、中国の地方政府が国民のパスポートを回収するやり方は、国民の権利を踏み越え、人権を侵害していると言わざるを得ません。

 現時点では、こうした措置が公式機関の統一方針によるものなのかどうかは確認できていません。また、適用範囲が今後さらに広がるのかも分かっていません。ただ、公開文書も、法律上の授権も、明確な線引きもないまま、パスポートの「一時保管」と出国前の届出が、実際の運用として中国国民の出国の自由を制度的に縛る形になっています。

 取材に応じた人たちは、この一連の措置が一般国民に実際の不便をもたらしていると話します。短期間の出国を予定する留学生、ビジネス関係者、親族や友人訪問者にとって、「事前届出の義務化」は、旅程計画の不確実性を増大させます。場合によっては、ビザの手続きや航空券の予約にも影響が出ます。パスポートを期限内に返却してもらえず、やむなく出発を延期したり、旅行そのものを取りやめたりして、金銭的損失や心理的な負担を抱えた人もいるということです。

 また、海外で長く暮らしている人々にとっても、この問題は他人事ではありません。すでに何年も中国国内で生活していなくても、戸籍のある地域がその人を「集中管理」の対象に含める可能性があるため、海外の華人コミュニティの間でも不安が広がっています。彼らは、このやり方は国民の出国の自由に対して、事前のハードルを設けるのと同じだと受け止めています。

 一部の評論家は、こうした末端レベルの治安管理措置は、中国当局の政権安定に対する強い危機感を映していると指摘します。近年、中国当局は出入国管理を継続的に引き締めてきました。パスポート発給の審査を厳格化したり、特定の人々や一部地域では申請のハードルを高く設定したりする動きが指摘されています。国際的な人権団体も、中国の一部地域で出国の自由を制限する措置が徐々に拡大しており、特定の集団にはより厳しく運用される政策もあると指摘しています。

 中国当局のパスポート制度は、これまで何度も変更されてきました。1980年代には、パスポートを作るだけでも、勤務先、街道、派出所、さらには国家の部門まで、いくつもの段階で承認を受ける必要がありました。一般国民にとって海外旅行は、ほとんど手の届かない話だったのです。

 その後、政策が緩み、海外へ出る人が増えるにつれて、申請の手続きは段階的に簡素化されました。必要に応じて国民がパスポートを申請し、取得できることが当たり前になり、「必要なら作れる」という状態が定着していきました。

 ところが近年になると、一部の地域で「パスポートが取得しにくい」「審査が異常に厳しい」「パスポートが失効扱いにされた」といった事例が頻発し、ネット上でも話題として広まりました。こうした情報は、国民の出国の自由に対する関心と不安を改めて呼び起こしています。

 中国当局は、そうした話は根拠のないデマだと主張し、出入国管理は今も法律や規定に沿って行っていると強調しています。しかし、パスポートの審査が全体として厳しくなってきたこと自体は、否定しにくい現実です。

(翻訳・藍彧)