本来であれば、何事もなく進行するはずだった中国共産党中央政治局会議ですが、そこに「空席」が生じました。

 また、2026年1月30日、北京。中国共産党の代弁者である国営中央テレビ(CCTV)の夜のニュース番組で、ある事態が起きました。ニュースの画面には現場の映像も、指導者のアップもなく、一枚の関連画像でさえ映されなかったのです。

 習近平氏が自ら主宰したこの会議では、全人代や国務院を含む五大党組織の活動報告が審議され、「党中央の集中統一指導を堅持する」ことが繰り返し強調されました。

 しかし、この月並みな言葉の裏で、ある事実を隠し通すことはできませんでした。それは、第20期政治局に当初から在籍していた軍代表、すなわち張又侠氏と何衛東氏が揃って欠席したという事実です。

 この「欠席」は、会議の意義さえも否定することになります。習近平氏は軍事委員会主席を兼任しているとはいえ、あくまで文官出身に過ぎません。

 時事評論家の李林一氏は、この状況を共産党上層部の構造における極めて危険な不均衡であると鋭く指摘しています。第21回党大会が開催されるまでの長い空白期間において、軍代表の不在は、今後の意思決定のテーブルから軍の声が完全に消えることを意味します。

 この懸念を裏付けるように、台湾国防安全研究院の研究員である沈明室氏は、もし政治局が習近平氏の意志を追認するだけの機関と化し、その周囲が顔色をうかがうだけのイエスマンで充満すれば、台湾問題を解決しようとする際、誤った決定を下す確率は上昇すると明言しています。

 会議の当夜、台湾政治大学では緊急座談会が開かれました。専門家たちの一致した見解は不安を煽るものでした。習近平氏が張又侠氏を排除したことは、自らの腕を切り落とすことに等しく、実際の戦場判断を提供できる軍事的な知恵袋を失ったことを意味します。

 国防大学の馬振坤教授は、北京の対台湾軍事意図が「不確定期」に入ったと警告し、これは台湾にとって真の危険段階が始まったことを意味すると述べました。さらにある学者は、大粛清の恐怖に包まれた雰囲気の中、生き残った人民解放軍の将校たちが保身のために真実を語らなくなり、更に上意に迎合してより過激な姿勢を示す可能性があると懸念しています。いわゆる「右(穏健)であるよりは、左(過激)である方が安全だ」とする行動論理は、意図しない形で発生する衝突から、予期せぬ危機を引き起こしやすくする可能性があるでしょう。

 一体何が、習近平氏に軍の動揺というリスクを冒してまで、張又侠氏に対して非情な決断を下させたのでしょうか。

 沈建輝という仮名を持つ軍内部の情報通が、その氷山の一角を明かしました。これは突発的な反腐敗の嵐ではなく、長年にわたる積年の恨みが爆発したものだといいます。3年にわたるパンデミックの期間中、軍高層部の不満は、表に出ない不穏な動きとなっていました。当時、張又侠氏を含む多くの将校たちは、習近平氏の「保身」的な振る舞いに対して、批判的でした。全軍の士気を高める必要があった時、最高司令官である習近平氏は一度も最前線へ赴くことはありませんでした。唯一行われた軍病院の視察でさえ、数百平方メートルもある誰もいないロビーから、ビデオ通話を通じて行われたに過ぎません。軍内部でひそかに「命惜しさ」と揶揄されたこの行動は、彼が再選を画策する際の壮大な物語とは強烈なコントラストを成していました。

 しかし、双方の矛盾を爆発させた真の導火線は、台湾問題でした。

 外部が想像する「好戦的」な軍人のイメージとは異なり、張又侠氏および軍システム内部の実力派将校たちは、むしろ「武力統一」に対する最も断固たる反対者でした。

 彼らは誰よりも戦場の残酷さと現実を知っています。台湾の防衛システムの強度はイスラエルに次ぎ、ウクライナを遥かに凌ぐものであり、加えてアメリカ、日本、オーストラリアなどが介入する確率は極めて高いのが現実です。軽率に開戦すれば、人民解放軍が数十年にわたって蓄積してきた精鋭戦力は一瞬にして灰燼に帰すことでしょう。

 張又侠氏はこれまで、内部会議で現有の兵力と後方支援では長期戦を支えることは不可能であり、攻めあぐねれば国内情勢は必ず動揺すると、何度も直言してきました。彼は外交的孤立状態と経済低迷の時期においては、優先して「情勢を安定させる」べきだと主張していたのです。

 しかし、この軍事的な専門性に基づいた理性的な諫言は、習近平氏の目には「軍心を動揺させる」雑音としか映りませんでした。習近平氏にとって、武力統一の推進は単なる地政学的な野望ではなく、個人の権力に関わる護符でもあります。情報通の沈建輝氏によれば、習近平氏は権力を失った瞬間、一族が直面するであろう政治的な清算が破滅的なものになることを熟知しているといいます。したがって、彼は台湾統一という「歴史的な偉業」を通じて、その執政の絶対的な正当性を確立する必要に迫られているのです。

 理性のブレーキ役が「異分子」として排除された今、残されたのは、霧の中を全速力で断崖絶壁に向かって疾走する、一台の戦車なのかもしれません。

(翻訳・吉原木子)