2019年、ネット上で「鶴崗市に5万元(約100万円)で家を買った」という記事が炎上し、話題となりました。中国の黒竜江省に位置する鶴崗市(ヘガンし)は、この記事によって多くの人々に知られるようになりました。

 北京、上海、広州では1平方メートルあたり2万から3万元(約40万円から60万円)がスタート価格ですが、鶴崗市ではその価格で家を丸ごと手に入れることができます。この対比の差異の中で、多くの若者たちが大都市を離れ、鶴崗市での家の購入を選ぶようになりました。若者たちにとって、鶴崗市は夢と憧れの地となり、タンピン(躺平)する人々の楽園となりました。しかし、その「楽園」は実際に行ってみないとどのようなものかは分からないのです。

ケース1

 29歳の陳瓊(ちんけい)さんは、典型的な「大都市からの脱出者」であり、彼女は生活ペースの速い北京から離れて、理想の桃源郷(とうげんきょう)を求めていました。

 彼女は鶴崗市で4万元(約80万円)の家を購入し、5万元(約100万円)をかけてリフォームを行い、心地よい90平方メートルの家を手に入れることができました。

 全てを整えた後、陳さんは仕事を探し始めました。彼女は以前、北京で宝石店の販売員をしていました。月給は7000~8000元(約14万円~16万円)でしたので、北京で家を買う余裕はありませんでした。

 しかし、鶴崗市では仕事を探し回った結果、適切な仕事が見つかりませんでした。地元の人々はみな公務員試験を受けることに熱心になっており、わずかな職位を激しく競争しています。労働力の過剰により、どの仕事も高い給料を期待することはできませんでした。

 基本的な生活費を稼ぐため、陳さんは衣料品店で販売員として働くことになりました。給料はわずか1800元(約36000円)であり、ボーナスの有無はオーナーの気まぐれ次第でした。保険などもオーナーにしつこく交渉した結果、ようやく加入することができました。労働時間は以前と同じですが、給料は以前の4分の1程度しかありませんでした。心の落差がいかにつらいか想像できるでしょう。

 やがて彼女は失望し、美しい夢は打ち砕かれました。そして、彼女は荷物をまとめて北京に戻ることにしました。

 彼女は、「安く物件を手に入れることができても、いい仕事がなければ意味がありません。小さな町で何もせずに過ごすよりも、大都市でプレッシャーを感じる方がやりがいがあるのだ」と述べました。

 多くの人が一生をかけて努力してマイホームを手に入れようとしますが、鶴崗市ではそれが比較的簡単に実現できます。しかし、家を持ったからといって本当に理想的な生活を送れるでしょうか?どうやら、そうではないようです。

ケース2

 面白い現象として、鶴崗市で家を購入したのは男性よりも女性のほうが圧倒的に多いのです。女性の方が自分自身の家を持つ望みが強い傾向があります。そして、鶴崗市では自分の名前が書かれた不動産所有権登記証を簡単に手に入れることができます。

 静静(ジンジン)さんもそのような女性の一人であり、鶴崗市の不動産価格に大いに惹かれました。彼女には結婚歴があり、離婚後、家は元夫の所有物となってしまいました。そのため、自分でも家を買える能力があることを知ったとき、彼女は非常に興奮しました。

 2021年、彼女と現在の彼氏はすべての持ち物を整え、温州市から自家用車で3000キロメートルを走って鶴崗市にやってきて、思い描いた新たな素晴らしい生活をスタートしました。

 地元で仕事が見つかりにくいため、彼らは路上で露店販売を始めることにしました。しかし、収入はわずかで、生活を維持するには十分ではありませんでした。その後、彼らは義烏(イーウー)市の小売業を始めることにしました。これは温州市出身の人々にとって馴染みのある仕事です。

 彼らのビジネスは、最初は順調でしたが、やがて大打撃を受けました。東北地方では10月になると寒さが厳しくなり、11月には大雪が降ります。こうした天候条件は物流のスピードに直接的な影響を及ぼします。大都市に住んでいる人には想像しにくいかもしれませんが、江蘇省、浙江省、上海では1、2日で届く宅配便でも、黒竜江省では4、5日、あるいは1週間以上かかることもあります。

 大雪やコロナの影響により、東北地方の宅配便は到着するまで、10日間ほどかかります。これは、電子商取引(EC)を行う人々にとっては、ほぼ取引ができなくなることを意味します。静静さんは失敗を受け入れるしかありませんでした。

 オンラインビジネスができなくなった彼らは、実店舗の飲食業に目を向け、火鍋レストランを開業しました。しかし、商売は依然として順調ではなく、わずか2か月も持たずに火鍋店は閉店しました。

 わずか数か月の間、静静さんは電子商取引から実店舗まで、一銭も稼げずに数十万の損失を被りました。彼らはすべての貯金を起業に投じたにもかかわらず、自宅の暖房費さえ支払う余裕もなかったのです。彼らは冬を越せず、荷物をまとめて急いで鶴崗市を去りました。

ケース3

 このように見ると、鶴崗市もユートピアではないようです。大都市でタンピンできない人々は、鶴崗市でもタンピンできません。

 鶴崗市に1.5万元(約30万円)で家を買い、ネット上で注目を浴びたイラストレーターの女性は、フリーランスとして活動しています。彼女はどこで働いても収入に影響はありません。彼女の生活スタイルは、昼間は寝て、夜は絵を描き、食事はテイクアウトというものです。彼女がどこにいても変わらない生活スタイルで、リラックスするために鶴崗市に来たわけではなかったのです。

 一部の人々は鶴崗市にタンピンしに来ますが、結局は失望して去ってしまいます。一方で、鶴崗市に来て起業し、キャリアを築こうとする人もいます。これが鶴崗市の最も面白い側面です。

 不動産関係の仕事に携わる小智(シャオズー)さんは次のように述べました。「上海にいれば、生活は上海のペースになるし、鶴崗市にいれば、鶴崗市の生活ペースなる。しかし、どこにいてもお金を稼げにくい」

 小智さんは鶴崗市のペースから抜け出し、不動産市場を創作の素材とし、自身のキャリアをスタートさせました。

ケース4

 30歳のシングルマザーである李雨菡(りうかん)さんは、2人の子供とともに鶴崗市で新たな生活を始めました。

 鶴崗市に来てから、李さんは自動車販売の面接を受けたり、ショッピングモールでの仕事を探したりしましたが、子供の送り迎えの時間との調整が難しく、身も心も疲れ果ててしまいました。しかし、偶然の機会に彼女は、鶴崗市で家を購入した経験についてライブ配信を行ったところ、わずか9日間で1万人近くのフォロワーを獲得しました。

 ライブ配信者たちは、鶴崗市での仕事探しの難しさに影響されないが、お金を稼ぐことはやはり容易ではないことを認識し、必死で努力しています。

 鶴崗市の物件は低価格のパラダイスではあるが、決して「タンピン者」の天国ではないことを忘れてはなりません。鶴崗市で売却された物件のうち、本当の入居者数はごくわずかで、10分の1にも満たないのです。このような小都市にも、「淘汰現象」が存在しているのです。
もし一定の貯金があり、ただシンプルな生活を送りたいのであれば、鶴崗市の低価格物件は手に入れる価値があります。

 しかし、もし「タンピン」したいと思いながらも安定した収入がなく、自身に安全感を求めて家を買おうと考えているのであれば、鶴崗市で物件を買うことはただの心の安定剤に過ぎません。低価格の家はせいぜい「大きなおもちゃ」程度の役割しか果たせないかもしれません。大都市で家を買えない若者にとって、わずかな貯金で見栄えも機能もしないおもちゃを買うことの代償は、あまりにも大きいのではないでしょうか?

(翻訳・藍彧)