古代の君主たちは毎年、国家安康と五穀豊穣を祈り、社稷の祭祀を盛大に行ってきました。(絵:志清/看中国)

 古代中国の書物でしばしば見かける「社稷(しゃしょく)」は、国家をも指しています。例えば、「能く干戈を執りて、以て社稷を衛る、殤とすること勿らんと欲すと雖も、亦可ならずやと(武器を持って国家を守れるのなら、子どもとして葬式を挙げないことも、それはそれで良いのではありませんか)①」(『礼記・檀弓下』より)、「今陛下が省みなければ、国家はたちどころに崩れ去るだろう(陛下がまだ反省しなければ、社稷は直ちに滅びる恐れがあるのです)②」(『三国演義』第二回より)。では、何故国家のことを「社稷(しゃしょく)」と言うのでしょうか?

 「社」とは、元々土の神様を指しています。例えば、『孝経・援神契』には「社は、五土の総神なり③」、『左伝・昭公二十九年』には「后土(土の神様)は社なり④」という記載があります。一方、「稷」は全ての穀物の長と見られているため、穀物の神様を指しています。例えば、明王朝の梅膺祚(ばい・ようそ)によって編纂された『字彙』の『禾部』には「稷は穀の神なり⑤」という記載があります。ゆえに、「社稷」は元々、「土の神様と穀物の神様」を意味していました。例えば、『書経・太甲上』には「社稷宗廟、祇み粛まざること罔し(社稷や宗廟を、謹まない者はいない)⑥」の記載があります。

 「人は土がなければ立つことができず、穀がなければ食べることができない(『白虎通(義)・社稷』より)⑦」というように、土地と穀物がなければ、人々が生きることができません。人間の生存の基盤は国家の基盤でもあります。農業を基盤に発展してきた中国において、農業は極めて重要なので、歴代の君主たちは皆、土地の神様と穀物の神様への祀りを重要視してきました。

 そのため、古代の君主たちは毎年、国家安康と五穀豊穣を祈り、社稷の祭祀を盛大に行ってきました。やがて社稷は国家そのもの象徴となり、「社稷」という言葉も「国家」を意味するようになりました。

 中国語原文:

 ①能執干戈以衛社稷,雖欲勿殤也,不亦可乎?

 ②陛下今不自省,社稷立見崩摧矣!

 ③社者,五土之總神。

 ④后土為社

 ⑤稷,穀神。

 ⑥社稷宗廟,罔不祗肅。

 ⑦人非土不立,非穀不食。

(文・心語/翻訳・常夏)