ロシア・シベリアのペスト研究所で、職員が「原因不明の肺炎」で死亡したことが分かり、肺ペストではないかとの疑いが広がっています。このニュースは中国にも伝わり、中ロ国境の検問所にはロシアから帰国しようとする中国人が殺到しています。中国のSNSでは、食料や薬の買いだめを呼びかける投稿や、都市封鎖の噂が出回っています。
亡くなったのは、この研究所に勤める28歳の女性技術員、ダリア・シピロワさんです。9月29日に重い肺炎で入院し、10月2日に死亡しました。死因をめぐるロシア側の説明は途中で変わり、最終的に「原因不明の肺炎」とされましたが、ペストとは認めていません。ロシアの保健当局は、多数の検査を行ったものの、仕事で扱っていた病原体との関連は見つからなかったとしています。確認された接触者の約6割を検査したところ、新型コロナウイルスの感染者が2人、ライノウイルスの感染者が2人見つかりましたが、そのほかの感染症の病原体は検出されなかったということです。
それでも疑問は消えていません。ロシア当局はペスト説を打ち消す一方で、200人近い接触者をすぐに隔離し、健康観察を始めていたからです。バイオセキュリティを専門とするマサチューセッツ工科大学のケビン・エスベルト教授は、研究用の網羅的な遺伝子解析を使えば病原体は確実に特定できると指摘したうえで、こう話しています。「病原体に感染せずに肺炎で亡くなることはまずありません。しかも28歳の若い人です。死因が分からないというなら、そのほうが驚きですね」
周辺国の対応は素早いものでした。ロシアと3000キロ以上の国境を接するモンゴルは、陸路の検問所で急きょ検疫を強化しました。セレンゲ県などの主要な検問所は運用を続けており、完全に閉鎖したわけではないとしていますが、体温測定や健康申告、手荷物の検査は大幅に厳しくなっています。カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスもロシアとの国境で厳しい検疫を行っており、一部では一時的な封鎖や通行制限が行われているとの情報もあります。
ネット上に出回っている動画には、中ロ国境の検問所に長い行列ができ、ロシアに住む中国人が大きな荷物を抱えて次々と帰国する様子が映っています。中国のネットユーザーからは「怖すぎる。まず隔離して検査しないと」「隔離は49日必要でしょ。潜伏期間があるんだから」といった声が上がっています。
海外のネットユーザーからは、中国政府を批判する投稿も出ています。周辺国が国境を固めているのに、中国はロシアとの国境を開けたまま、検査もせずに知らん顔をしている。「中ロ友好」のために見て見ぬふりをして、いざ感染が持ち込まれたら、今度は住宅の出入り口を溶接して住民を閉じ込め、全員にPCR検査を受けさせ、都市を封鎖するゼロコロナのやり方を国民に押し付けるのだろう、という内容です。投稿者は「2020年の武漢の筋書きを、2026年に見た目だけ変えてそっくり繰り返すつもりか」と問いかけています。
中国のSNSでは最近、とくに東北部の遼寧、吉林、黒竜江の3省で「都市封鎖があるかもしれない」という警告が出回り、生活必需品やマスク、手袋、消毒用アルコールを今のうちに買っておくよう呼びかける投稿が相次いでいます。ドキシサイクリンやシプロフロキサシンなどの抗生物質や解熱剤の購入を勧める投稿もあります。ドキシサイクリンが3日で5倍に値上がりして買い占めが起きているという話も広がっていますが、信頼できる報道では確認されていません。中国メディアが複数の通販サイトを調べたところ、ドキシサイクリンの供給はおおむね安定しており、入荷待ちになっているのは一部の商品だけだったということです。
時事評論家の唐靖遠(タン・ジンユエン)さんは、中国の人々は3年にわたるゼロコロナ政策のもとで物不足や病院にかかれない状況を経験し、そのトラウマが残っているため、ロシアからのニュースを見て当時の恐怖がよみがえりやすいと話します。今回の件は、多くの人にとって歴史の繰り返しのように見えているといいます。武漢の時も今回も、厳重に管理された研究所が発生源と疑われ、ロシア側の説明も当時の中国当局と同じく「予防も制御もできる」「人から人への感染はない」というものだったからです。唐さんは、人々が先回りして買いだめに走るのは過去に痛い目を見たからで、いざ感染が広がれば薬が当局に押さえられて手に入らなくなることを心配しているのだと分析しています。
一方、中国の元裁判官、沈良慶(シェン・リャンチン)さんは、ネット上の反応は少し過敏かもしれないとしつつも、それには理由があると話します。新型コロナの恐ろしい記憶と、政府の情報公開への不信感です。沈さんはさらにこう述べています。「仮にロシアが肺ペストを隠していたとしても、ペストは致死率こそ高いけど、うつり方を考えれば新型コロナやSARSほどの被害にはならない。比較的抑え込みやすいんです」
ペストはペスト菌による感染症で、世界保健機関(WHO)によると、適切な治療を受けなければ致死率は30%から100%に達します。中でも肺ペストは最も危険な病型で、潜伏期間が短く、感染後まもなく息苦しさやせきなどの症状が出て、飛まつによって人から人にうつります。中国・四川省の病院の感染症内科の医師は、肺ペストの患者がせきや呼吸で出した菌を含む飛まつを近くで吸い込んだ場合に限って人から人への感染が起こり得るとして、感染リスクの高い接触がなければ一般の人が感染する可能性は極めて低いと説明しています。また、ペスト治療の第一選択薬はストレプトマイシンで、ドキシサイクリンやシプロフロキサシンは代替薬にあたり、一般の人が予防のために日常的に飲む薬ではないとしています。アメリカ疾病対策センター(CDC)も、これらの抗生物質は医療従事者の判断で使うもので、個人で買いだめして服用することは勧めていません。
アメリカのルビオ国務長官は10月6日、ロシアに対して透明性を保ち、国際社会と情報を共有するよう求めました。CDCのシュワルツ所長は10月7日、肺ペストの疑いがあるとされる今回の症例について、アメリカにとってのリスクは極めて低いとしたうえで、シベリアからの渡航者の健康観察や検査の準備はできていると述べました。シュワルツ所長によると、シベリアからアメリカへの便は年間およそ200便あり、そのほとんどがニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港に到着しているということです。
(翻訳・吉原木子)
