最近、中国の幼稚園児が「長征の道をたどる」というテーマの行事に参加する動画が、ネット上で広まっています。長征とは、中国共産党の軍隊が国民党軍に追われ、長い距離を移動しながら撤退した出来事です。映っているのは、爆薬の包みを模した段ボール箱を背負った幼い子どもたちです。箱には中国語で「爆薬の包み」と書かれており、子どもたちは戦争に関する小道具を手に、先生に引率されて行事に参加しています。この光景をめぐってネット上では議論が起き、「なぜこんなに幼い子どもに、こうした形で戦争の歴史を体験させるのか」と疑問の声が上がっています。「この子が通っているのは『タリバン』の学校なのか?」と皮肉る人もいます。

 ただ、幼稚園で「長征の道をたどる」行事が行われたのは、今年が初めてではありません。ここ数年、各地の幼稚園が同様の行事を実施し、その様子を公開してきました。その中には、実際に「敵の陣地を爆破する」といった戦争の場面も登場しています。

 2025年9月29日、中国の教育情報サイト「中国教育オンライン」の浙江版は、杭州市の慧仁(けいじん)幼稚園の年中クラスが、「長征の道をたどり、祖国を思う心を育む」というテーマの行事を行ったと報じました。

 幼稚園が公開した説明によると、先生たちは長征の歴史上の場面を、子どもたちが次々と課題に挑む遊びに仕立てました。「大きな雪山を越える」「瀘定橋(ろていきょう)を攻め取る」「金沙江(きんさこう)を巧みに渡る」「封鎖線を突破する」といった内容です。その中には、「勇敢に敵の陣地を爆破する」と名付けられた種目もありました。子どもたちは滑り台の上から砂袋を投げ落とし、その砂袋を「爆薬」、タイヤを組み合わせたものを「敵の陣地」に見立てていました。行事の紹介記事では、子どもたちが遊びの中で、当時の共産党の軍隊である紅軍の「小さな兵士になりきり」、こうした場面を体験することで長征の精神を感じ取ると説明しています。

 同様の行事は2024年にも行われていました。2024年9月27日、中国教育オンラインの浙江版は、杭州市西湖区の紫萱(しけん)幼稚園の年長クラスが、中国の建国記念日に合わせて「共産党の革命の足跡をたどり、長征の道を歩む」というテーマの行事を行ったと報じました。子どもたちは「小さな紅軍兵士」と呼ばれ、「赤水河(せきすいが)を4回渡る」「金沙江を巧みに渡る」「瀘定橋を攻め取る」「雪山を登る」「草地を越える」など、6つの課題に挑む遊びに参加しました。つまり、長征の物語を幼稚園の運動遊びに取り入れる取り組みは、2026年に突然始まったものではなく、少なくとも数年前から続いていたのです。

 2026年9月も、同様の行事は続いています。今年は中国で「長征勝利90周年」とされており、ネット上では、幼稚園で「長征の道をたどる」行事を行う様子が、さらに多く見られるようになりました。そのため、本当に目を向けるべきなのは、一つの段ボール箱に何と書かれていたかではなく、戦争の歴史が遊びの形で、ますます幼い子どもたちの教育にまで取り入れられていることなのかもしれません。

 今年9月1日、中国共産党中央宣伝部、教育部、中国の国営放送を統括する中央広播電視総台が共同で主催するテレビ番組「新学期最初の授業」が放送されました。そのテーマも「私たちの長征の道」でした。「長征の精神」を幼稚園で教えるとき、まだ数歳の子どもに戦争をどう説明すればよいのでしょうか。歴史について十分に判断する力がまだ備わっていない幼児にとって、「瀘定橋を攻め取る」「封鎖線を突破する」「敵の陣地を爆破する」といった言葉は、歴史を知る助けになっているのでしょうか。それとも、戦争の一場面を、刺激的な遊びに置き換えているだけなのでしょうか。

 これは、幼い子どもに歴史を教えてはいけないという話ではありません。問題は、歴史教育と戦争ごっこの間に、どのような距離を保つべきなのかということです。

 子どもたちに長征を知ってもらうのであれば、もう一つ考えるべき問題があります。そもそも、なぜ長征は起きたのでしょうか。現在の中国の公式な説明では、長征における英雄的な行動や犠牲の精神、理想と信念が強調されるのが一般的です。しかし、中国共産党自身の党史資料を見ると、長征は、余裕を持って自ら進んで始めた遠征ではありませんでした。中央紅軍が長征を始めたのは、国民党軍による5回目の包囲討伐作戦を防ぎきれず、拠点からの撤退を余儀なくされたためです。中央党史·文献研究院の関連資料も、1934年10月、中央紅軍の主力は「根拠地から撤退し、戦略的に移動せざるを得なかった」としています。中国共産党の党史研究資料には、長征の直接的な軍事目的についても、「国民党軍の包囲を突破し、戦力を温存すること」と明記されています。

 2026年に中国の公式理論サイトに掲載された研究資料によると、中央紅軍は1934年に江西省を出発した時点では8万6000人余りいましたが、湘江(しょうこう)の戦いを経て、3万人余りにまで減少しました。この研究報告は中央党史·文献研究院の第7研究部が担当し、共産党側、国民党側、さらに海外の資料も集めて作成されたものです。

 つまり、近年公表された中国共産党の公式研究に照らしても、長征には敗北や戦略の見直し、甚大な損失といった複雑な歴史的背景があり、単に「英雄たちが次々と難関を突破した」という物語ではありません。中国共産党の党史資料自体も、逃げることを優先する姿勢を批判する「逃亡主義」といった表現を使い、当時の撤退をめぐる軍事方針には重大な問題があったと指摘しています。中央党史·文献研究院のウェブサイトに2026年に掲載された記事も、長征の初期には、極端に左寄りの誤った方針によって、戦略的な移動が「引っ越しのような行動」になってしまったと記しています。そうであれば、本当の意味で歴史教育を行うために、考えるべきことがあります。子どもたちが触れるのは、「敵の陣地を爆破する」「草地を越える」「瀘定橋を攻め取る」といった劇的な場面だけでよいのでしょうか。それとも、なぜ戦争が起きたのか、なぜ撤退したのか、なぜこれほど大きな犠牲を払ったのか、そして歴史上の人物やそれぞれの陣営がどのような状況に置かれていたのかについても、少しずつ理解を深めていくべきなのでしょうか。

 もちろん、子どもたちが歴史を学び、かつて長征があったことを知るのはよいことです。しかし、3~5歳の幼児は、「戦争」「死」「政治方針」「歴史的背景」といった複雑な概念を、どこまで理解できるのでしょうか。幼児への歴史教育では、戦争をどう扱うべきなのでしょうか。「小さな紅軍兵士」「敵の陣地の爆破」「突撃」「勝利」といった感情をかき立てやすい言葉やイメージだけを教え、戦争の背後にある複雑な事情を説明できないのであれば、子どもたちが受け取るのは、極端に単純化された歴史の物語だけかもしれません。一部のネットユーザーが「タリバン」といった強烈な言葉で皮肉っているのも、こうしたことからです。

 本当に問いかけるべき相手は、行事を企画した人たちや教育者です。なぜ、これほど幼い子どもたちに、戦争の小道具を使って長征を「体験」させるのでしょうか。歴史教育の意義は、本来、次の世代が少しずつ自分なりの理解と判断力を育てていくことにあります。子どもたちに歴史を自分で判断する力がまだ備わっていないからこそ、大人がどのような物語を選び、どのような言葉やイメージを使い、どう伝えるのかが、ひときわ重要になるのです。

(翻訳・藍彧)