東晋・王羲之『蘭亭序』(神龍半印本、部分)(パブリック・ドメイン)

 日本では、子供たちが小学校に入学する時、習字セットを購入します。男の子用と女の子用の可愛らしいバッグに「太筆、細筆、硯、墨汁、下敷き、半紙、筆巻き、水差し、文鎮・・・」など一式が入っていて、これから小学校、中学校で受ける書写、高校で受ける書道の授業の必需品となります。学校は書道を通して、書に親しみ、書を楽しむ日本人の心を育てる教育理念を持っているからです。

 日本の伝統的な正月の行事の1つに、書き初めがあります。小学校や中学校では冬休みの宿題として書き初めが課されるところも少なくなくありません。

 娘が小学1年生だった時のことです。冬休みの宿題を完成させるため、家の床に新聞紙を敷き、その上に半紙を広げ、太い筆を持ち上げて大きく書を書くと、「ほら、墨汁をこぼさないでね」、「お洋服を汚さないでよ」とドキドキしながら、手伝いをしていた自分の姿を思い出します。そうして毎年書き初めを書き、小学校卒業の時に六年間の書き初めをならべてみると、娘の成長ぶりを実感したことを覚えています。

 そして、高校に入り、娘は書道の授業で先生の指導を受けながら、王羲之(おう ぎし、303―361年、中国東晋の政治家・書家)の最も有名な「蘭亭序」(らんていじょ、蘭亭の会で成った詩集に書いた序文。行書の手本とされる。)を臨書(りんしょ、手本をそっくり真似て書くこと)し、さらに美しい「千字文」(せんじもん、子供に漢字を教えたり、書の手本として使うために用いられた漢文の長詩)を全臨(最初から最後まで千文字を臨写すること)しました。それだけではなく、先生の指導の下、生徒たちは自らの作品を全部和綴じで製本しました。

 そんな日本育ちの孫娘の書道の作品を見て、中国にいる祖父母はとても信じられなかったようで、「ええ?本当にあなたが書いたものなの?本当なの?」と驚きを隠せない様子でした。書道の本家とも言える中国では、今、子供たちは毛筆に触れる機会が少なく、心を落ち着かせて書を書く社会環境も失いつつあります。

 実は、日本各地で毎年お正月に書き初め大会が行われ、中でも、恒例となっている日本武道館で行われる新年書き初め大会は、最も規模が大きくて有名です。2019年はすでに55回目となり、毎回の参加者は約3000人余りで、大会の予選に応募した年齢層も、3歳から95歳までと幅広かったとのこと。

 伝統と文化を大切にし、そして、子供たちに伝え、継承させていく日本の教育の凄さに感心しました。中国から伝来された書道は、日本で変化を遂げながらも伝統としてしっかりと根を張り、日本を代表する文化の1つとして、老若男女に愛されています。

(文・一心)