(イメージ / Pixabay CC0 1.0)

 「道には道の神、川には川の神、橋には橋の神がいる」と中国のお年寄りたちはよく言います。神様の存在を信じる彼らは「全ての偶然のように思える出来事にも、神様が関わっている」と感じているのです。
 今日は、唐王朝期の伝奇集『博異志』に記録された、盛唐時代の詩人・王昌齢(おう・しょうれい)が体験した不思議な物語をご紹介します。彼の体験を知る事で、皆様にも神様の存在を感じて頂けたら幸いです。

王昌齢(狩野常信「中国三十六詩仙図」より、パブリック・ドメイン)

 時は「開元の治」。王昌齢は呉郡(現在の江蘇省轄)から船で首都長安に戻ります。船が馬当山(現在の江西省轄)に差し掛かった時、ちょうど追い風が吹き、船はとても速く進みました。
 すると船頭が「金持ちも貧乏人も、身分の高い低いに関わらず、ここ訪れた人は皆、山の寺院に行って敬拝し、風水安全を祈りますよ」と王昌齢に言いました。
 馬当山には「大王」と呼ばれる「馬当神」という神様と「大王夫人」と呼ばれるその妻が一緒に祀られています。
 王昌齢は、船から降りる事はありませんでしたが、事前に神様への御供物をいくつか用意していました。船頭の話を聞いた王昌齢は、使用人たちを山の寺院に遣わし、「大王」に酒・肉・紙馬を、「大王夫人」に草鞋を献上させました。王昌齢はさらに詩を書き「供物を献上する時に読むように」と使用人に言いました。
 王昌齢の詩には「馬当の神様よ、この王昌齢は、使用人を送り、紙の馬、酒、肉をあなたに献上します。ここはまるで嵐の様で、船を降りるのは困難です。だから、自ら献上しなかった王昌齢を責めないで下さい」と書かれていました。
 
 王昌齢は、献上した草鞋を買った時に、金錯刀(柄の部分に金の細工を施した高価なナイフ)も買いました。そして、彼は持ち運ぶために、刀を草鞋の間に入れました。ところが、草鞋の間に金錯刀が入っていることを知らない使用人は、神様に祈祷に行った際、その刀を取り出さず、金錯刀が入った草鞋をそのまま神様の祭壇に献上してしまいました。
 しばらく経ってから、船に乗ったままの王昌齢は、ようやく金錯刀のことを思い出しました。船の中をいくら探しても見つからず、草鞋を買った時、間に金錯刀を入れたことを思い出し、金錯刀が草鞋と一緒に供え物になったことに気付き肩を落としました。
 
 こうして、がっかりした王昌齢を乗せた船が都に向かっていると、突然、長さ三尺(約1メートル)の赤い鯉が川から飛び跳ね、王昌齢が乗っている船に真っ直ぐ飛び込んで来ました。これを見ていた王昌齢は笑顔で「これは自ら飛び込んできた美味だ!」と、船内にいる料理人に鯉の調理を頼みました。
 下ごしらえをする料理人が鯉の腹を切り開くと、鯉の腹の中には刀が入っていました。不思議に思った料理人はその刀を王昌齢に渡したところ、それは、まさに王昌齢が草鞋と一緒に買った金錯刀でした。
 
 王昌齢は「神様も、供物を明確に取捨することがあるのですね。葛仙公(註)は魚に手紙を送るように命じ、古い詩には、鯉を切り手紙を受け取るという詩もあると聞いた事があります。今日の事も同じですね!」と感嘆しました。
 
 王昌齢のこのような出来事は、神様の存在を信じた古代中国では珍しい事ではありませんでした。王昌齢は普段から神様を敬う心と習慣を持っていたため、神様も王昌齢に祝福をもたらしました。私たちも、神様の存在を信じていれば、身の周りで起こる全てのことに「単なる偶然」は存在せず、必ずその背後に神様の案配の存在がある事に気付くはずです。
 
出典:『博異志<王昌齡>』
:葛玄(かつ・げん)または葛仙公(かつせんこう)は、中国後漢末期から三国時代の呉の道士。

 
(文・乙欣/翻訳・宴楽)