(イメージ / pixabay CC0 1.0)

 蓮(はす)の花は、中国では「荷花(かか)」「芙蕖(ふきょ)」「芙蓉(ふよう)」などと呼ばれています。その純潔さと優雅さにより、古くから人々に愛され続けてきました。

 蓮の花は、中国伝統文化の中で美しさの象徴として、多くの場面で扱われてきました。例えば「荷花」という呼び名は、中国語で「荷」が「和」と同じ「hé」という発音なので、「和睦(わぼく)」「和順」「和気」などの吉祥な意味を持つようになりました。また「一品清廉(一品清蓮)いっぴんせいれん」という言葉は、清廉潔白な役人への敬意を表す言葉です。

 佛家の修煉においても、蓮の花は神聖と純潔を象徴する聖なる物とみなされています。泥に全く染まらず水面より出でて、やがて蓮の花が咲くまでの過程は、佛家の修煉の始めから悟りを開くまでの過程と一致しています。

 蓮の花の美しさと神聖さは、佛家だけに留まらず、歴代の人々に認められてきました。多くの文人が蓮の花を詠み、画家たちが蓮の花を描いたので、蓮の花を讃える名作は無数に存在しています。

 屈原は「芰(ヒシ)と荷(蓮の葉)を裁(た)って衣とし、芙蓉(蓮の花)を集めて裳(も)とする①」と詠い、李白は「清水に浮かぶ芙蓉(蓮の花)には、飾りのない天然の美がある②」と詠い、蓮の花の美しさを愛でました。

 北宋の学者・周敦頤(しゅう・とんい)は自身の作品『愛蓮説』に「汚泥より出でて染まらず、清漣に濯(あら)われて妖にならない③」と記し、蓮の花を君子に喩えました。また唐代の詩人、王勃(おう・ぼつ)は「蔕(へた)を共にする朝顔を憐れみ、折れても糸がつながる蓮根を愛す④」と詠い、いつまでも繋がる蓮根の糸を描写し、男女の愛を讃えました。

 中国美術においても、古来、蓮の花は絵画の重要な題材の一つです。「荷塘清趣」とは、「蓮の花が生える池」とその清らかな趣きを描く題材で、歴代の名画家たちがこの題材で描き、その作品は数多く存在しています。その中でも、近代画家の于非闇(うひあん)氏の「荷塘清趣」は、蓮の花の気韻を最も良く表現できた作品と言えます。

 この作品では、大きく広がったの蓮の葉の間から、2輪の白い蓮の花が姿を現しています。互いに押し合う2枚の蓮の葉の後ろに枯れかけた1枚の蓮の葉、そして前方には、まだ開き切っていない2枚の蓮の葉が描かれています。白い蓮の花が風に揺られて、細い蕊(しべ)から淡々とした香りが漂ってきそうです。作品下部に描かれた一匹のトンボは、蓮のつぼみに留まっており、これは雨天が通り過ぎたことを表現しています。異なる濃さの緑と青で描かれた蓮の葉は、細密かつ精確に描かれた白い蓮の花とは鮮明な対比を成しています。トンボの羽は、まるで半透明のチュール生地のような質感で、生き生きとした姿がとても繊細に表現されています。作品全体には典雅な筆遣いが為され、清らかな格調を作りだし、蓮の花の精神が形と共に精巧に描かれているようです。装飾的なスタイルではありますが、過度に艶やかではありません。さらに、繊細な輪郭線とハレーションを起こしたような色の層の組み合わせによって、職人的なキャンバスの中に、詩的な表現がなされています。

 于非闇(1889~1959年)氏は、近現代中国の著名な画家です。元の名前を于魁照、後に于照に改名し、別名を「非闇」としていました。北京出身の于氏は幼いころから書画の家庭で育ち、私立師範校、私立華北大学美術系に教鞭を執るほか、古物陳列所附設国画研究館で指導をしていました。工筆花鳥画を専攻し、北京画院副院長まで就任しました。

 于氏は勉強にとても熱心でした。古き良き伝統を嗜み重んじるほか、新しいものを創り出すことにも注力しました。実家に所蔵してある工筆重彩絵画を繰り返して模写する一方で、1930年代末には、古物陳列所附設国画研究館に勤め、そこに所蔵してある大量な画作を模写することで、骨法用筆(こっぽうようひつ)や応物象形(おうぶつしょうけい)⑤を熟練させ、ますます画力を向上させました。

 さらに、于氏は現存する画作の模写だけではなく、自然に対する観察と写生にも勤しみました。美しい景色を見付けるたび、于氏は必ず足を止めて観察していました。また「どこかの公園に牡丹や蓮の花が咲いた」とか「どこかで花の展示会を開催している」などの花に関する情報を聞くと、必ず向かい、詳しく観察し、多くのスケッチを描いていました。于氏が描いた「荷塘清趣」がここまでの傑作になったのは、彼の観察力と写生にかけた工夫によるものでしょう。

 数多くの作品で表現された蓮の花。多くの人々に愛されてきた、その美しさと神聖さが、永遠に継承される事を願います。

註:
 ①製芰荷以為衣兮,集芙蓉以為裳。芰荷(きか)を製(た)ちて以て衣と為し、芙蓉を集めて以って裳と為す。屈原『楚辞・離騷経』より
 衣(きぬ)は上半身に着用する衣服で、裳(も)は腰に巻き着用する衣服。
 ②清水出芙蓉,天然去雕飾。清水から出でる芙蓉、天然に彫飾を去る。李白『經亂離後、天恩流夜郎、憶舊遊書懷、贈江夏韋太守良宰』より
 ③中国語原文:蓮之出淤泥而不染,濯清漣而不妖。(周敦頤『愛蓮説』より)
 ④牽花憐共蒂,折藕愛連絲。王勃『採蓮曲』より
 ⑤中国六朝時代に謝赫が説いた絵画制作、技法修得の基本理念と、鑑賞に必要な6つの規範・六法があった。即ち「気韻生動」「骨法用筆」「応物象形」「随類賦彩」「経営位置」「伝模移写」の事項があり、清代まで続いた。

于非闇の「荷塘清趣」のリンク:

https://www.zmkm8.com/jingpin-56909.html

(文・戴東尼/翻訳・常夏)