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 しばらくの間、弟子の暮らしぶりは常に些細な事に拘わらず、「些細な事は取るに足らない」と思っていた。

 ある日、師匠は弟子に尋ねた。「大雨の時と霧雨の時、どちらの天気が人々の服を濡らしやすいと思いますか?」

 弟子は「もちろん大雨の時です」と答えた。

 すると師匠は「だが生活の中で、最も人々が衣服を濡らすのは、往々にして、大雨の時ではなく、霧雨の時です」と言った。

 「大雨は雨量が多く、霧雨は雨量が少ないのに、どうして霧雨の時の方が、服を濡らしやすいのか?」と弟子は不審に思った。

 師匠は「大雨が降ると、人々はすぐに気付くので、傘を持っている人は傘を広げて雨を防ぎ、持っていない人は屋根の下に行って雨宿りします。

 しかし、霧雨だと、人々は雨に気付かない。もしくは、気付いても構わず、“これ位の小雨では、そんなに服が濡れないだろう”と思って、自分のペースのままで雨の中を歩いているうちに、いつの間にか服を濡らしてしまいます」と説明した。

 師匠は言った。「処世、私達の物腰、例えば一挙手一投足、一つの表情、一言の言葉、これらはすべて細かい雨のようで、とても小さく見えます。しかし、気をつけないと、無意識に他人の服を濡らして人を傷つけ、同時に自分の人生をも濡らすことになってしまうのです」

 『悪小なるを以って之を為すこと勿れ、善の小なるを以って為さざることなかれ。』これは、悪い事は(どんな)小さな事でも行ってはいけないが、善い事は、どんなに小さな事でも行いなさいという意味。ちなみにこの格言を言ったのは三国時代の英雄、劉備玄徳とされています。

(翻訳・柳生和樹)