南京の雨花石(董辰兴, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons)

 雨花石(うかせき)とは、中国江蘇省南京市産の天然石の一種です。透明感のある瑪瑙(メノウ)質のものや、不透明な碧玉(へきぎょく)質のものなど、様々な雨花石が存在します。一個一個異なる色と模様を持つ雨花石は、天然の美しさから「天から授かった国宝」と呼ばれ、南京の特産物として昔から大人気でした。

 このように美しい雨花石には、心を揺らぐ不思議な伝説があります――。

 昔々、南京の町の南の殷府街に、線香や蝋燭を販売する「同仁香燭店」というお店がありました。店主の貴さんが、生まれつきの優しく良心的な性格で店を経営していたので、店は多くのお客さんで、毎日賑やかでした。

 そんなある日、一人の道人(どうにん)①が来店しました。

 貴さんはいつものように、「いらっしゃいませ!今日はどちらからのお越しで?」と道人に挨拶すると、その道人は「城外の乱石崗にある雨花観から参った、石法と申します」と答えました。

 しばらくの間、楽しく会話を交わしていると、石法道人は「明日の朝、私の住む雨花観にお越し頂けませんか?」と貴さんを招待しました。すると、貴さんは快く承諾しました。

 翌日、太陽が昇るとすぐ、貴さんは奥さんと孫の甲くんに店番を頼み、城外へと出かけました。

 しばらく歩いていると乱石崗に到着しました。そこは、その名の通り、とても石が多く、雑草も生い茂り、道路がほとんど見えない場所でした。

 貴さんが「どうしよう?」と悩んでいると、ふぅーと一陣の風が吹き、空から雨のように無数の花びらが舞い降りてきました。

 驚きながらも「これは縁起がいい!」と嬉しくなった貴さんは、しゃがみ込み地面に落ちた花びらを拾おうとしました。すると、その花びらは全て、赤、緑、紫などの色とりどりの美しい石に変わってしまいました。

 しばらくすると、風が再び吹き始め、地面にある色とりどりの石がコロコロと転がり、貴さんの足元に一本の小道を作りました。貴さんがその小道に沿って進むと、目の前の木影が揺らぎ、その先に一軒の道観②があるのが見えました。その道観の庭の大木の下で、二人の道人は碁を打っていました。その一人はまさに、昨日招いてくれた石法道人でした。

 嬉しそうに挨拶する貴さんに対し、石法道人も微笑みながら、遠くから来訪して囲碁の対戦相手をしていた、先輩の中山道人を紹介しました。その後、三人は道観に上がり、お茶を飲みながら歓談しました。

 お茶を飲み終わると、石法道人は二人を雲楼に案内しました。雲楼に登り、窓から下を眺めると、一面に広がる雲海の中で巨大な柏の木が見え隠れして、まるで仙境のような景色が見えました。

 石法道人が「この場所をどう思いますか?」と貴さんに感想を求めると、時間を忘れる程美しい景色だったので、貴さんは「まるで幻の中にいるかのようです」と答えました。

 美しい景色に酔いしれた貴さんを見て、石法道人は「ここから先には、まだまだこのような美しい場所がたくさんあります。貴さん、もしよろしければ、この道観に住み、私と共に身を修め、性を養い、自由自在な生活を送りませんか?」と声を掛けました。

 貴さんは、石法道人の誘いの言葉で、ようやく自分の家族と店を思い出しました。ちょうど日が暮れてきたので、貴さんは「そろそろ家に帰ります」と、石法道人のお誘いを断りました。貴さんの言葉を聞いた二人の道人は、貴さんを山門まで送ってくれました。

 山門を出てまもなく、貴さんは再び道のない乱石崗に戻ってきました。「あれ?」と思った貴さんは振り返ると、つい先程までそこにいた二人の道人の姿は見えませんでした。ふと気付くと、また風が吹きはじめ、貴さんが来た時と同じように、空から雨のように無数の花びらが舞い降りると、色とりどりの石に変わって、一本の小道を作りました。貴さんはその小道に沿って、迷うことなく、家まで帰っていきました。

 貴さんが、家に着き店に入ると、迎えてくれたのは、店番をしているはずの奥さんと孫の甲くんではなく、見知らぬ若い夫婦の二人でした。

 貴さんは「しばらくいないうちに、自分の店が他人のものになったか?」と思い、お隣さんに聞きに行くと、お隣さんも全く知らない人でした。

 店に戻った貴さんは、若い夫婦に「この店の看板『同仁』はいつからここにあったのですか?」と尋ねると、夫の方が「先祖代々伝わってきた看板なのです」と答えました。

 大変不思議に思った貴さんは、若旦那に願い、店の家系譜を見せてもらいました。その家系譜には、一番幼いはずの孫の甲くんの下に、何代もの子孫の名前が書かれていました。

 絶句した貴さんは、しばらくして「仙境に行って一日も経っていないはずなのに、地上ではもう千年も経ったというのか・・・」と大きなため息をつきました。

 貴さんは「神仙の世界に行ってきたのなら、もうここにいるべきではない」と思い、一言も残さず、振り返ることもなく、城外へと立ち去りました。

 若い夫婦とお隣さんたちは、貴さんを引き留めようと、城外の乱石崗まで追い掛けました。しかし、貴さんの姿はどこにもなく、乱石崗にはただ、無数の花びらが、雨のように舞い降りていました――。

 その後、雨花石が南京に現れるようになったのです。もしかすると、色とりどりの美しい雨花石は、神仙の世界に由来するものかもしれませんね。

 註:
 ①道人(どうにん):神仙の道を得た人。また、道教を修めた人。

 ②道観:道人の住居。

(文・真佩/翻訳・常夏)