紫禁城(Pixelflake, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons)

 前回の記事では、中国の伝統文化における「五色」の中の「黄」についてお話ししました。光り輝く黄金の色は、古来、吉祥を招く正統な色です。

 さて、今回の記事では、「五色」に属しませんが、「五色」に劣らず、希少で高貴な色「紫」について詳しく述べてまいります。

 黄金色にも負けない高貴な「紫」

 中国の伝統文化において、黄金色と同様に尊ばれる色は紫色です。「紫」と言えば、道家由来の四字熟語「紫気東来(しきとうらい)」が挙げられます。「紫気」は一般的に、縁起の良い「祥瑞(しょうずい)」を代表する色とされます。そして道家においては、道家の仙人が住まう場所は「紫府」と呼ばれ、道家の経典は「紫書」と呼ばれるように、紫色は尊ばれます。

 「紫」は、その非凡な由来のために、中国の伝統文化において「高貴」の象徴となりました。『後漢書』には、「上天にある紫微宮は、天帝の住まう場所である。地上にある帝王たちはそれを象(かたど)り宮を立てる①」との記載があります。あらゆる分野で「天人合一(てんじんごういつ)」を講じる古代中国人は、建築においても抜かりありません。上天に居る天帝が「紫微宮」に住まうのであれば、地上に居り、天命を承る「天子」は、住まう場所も「紫微宮」につながるべきです。そのせいか、隋唐王朝の皇居は「紫微城」と、明清王朝の皇居は「紫禁城」と名付けられました。なお、「紫微星」と呼ばれる北極星は、古代中国の占星学「紫微斗数(しびとすう)」において、「帝星」との別名があります。

 明らかに、中国の伝統文化では、「紫」は「金」と同様に尊ばれました。しかし、全く違うように見える2つの色ですが、互いに矛盾することがなく、一緒に使われることも多いです。佛教経典『大蔵経』には、「紫金(しこん)」という言葉を大量に使用しました。例えば、『観佛三昧海経』では、「釈迦牟尼佛は、身長一丈六で、修行者の前に紫金の光を放つ②」と釈迦牟尼佛を描写し、「紫金色の御身で、八万四千の相を現す③」と毘婆尸佛を描写し、「紫金色の御身で、相好とも具足する④」と迦葉佛を描写しました。

 同じ色でも、違う空間において違う色に見えると、多くの修行者は共通の認識を持っています。一般人でも、日常において、似たような情景を経験したことがあるでしょう。例えば、赤色をじっと見つめて、ふと目を閉じれば、緑色の残影が出てきますよね。この現象は紫と金においても同じです。さらに、研究によると、一定の条件を満たせば、黄金でも紫色に見えます。

 物質は、微細な粒子が大きな粒子を形成していることはよく知られています。金の場合、顕微鏡レベルで粒子径を変化させて、コロイド状の金粒子を流体媒体(水でもゲルでもよい)に懸濁させた溶液を作ると、その溶液中ではなんと、粒子径が100ナノメートル以下のコロイド状の金粒子は溶液を赤に変え、100ナノメートル以上の粒子は溶液を、青や紫に変えることになります。もちろん、どんな色に見えても、これらの物質は本質的には金です。

 この現象は、佛教経典の記載を連想させるかもしれません。佛教経典によれば、神佛の世界には何もかもが金色で輝いていますが、目を凝らして見てみると、それぞれ違う色を示します。一見矛盾している佛教経典の記載は、実際のところ、現代科学でも説明できるのです。しかし、近代的な機械的思考に囚われすぎると、高次元の世界への道を自ずと塞いでしまいます。

 美術界にも、「紫金」という顔料が存在していました。最も有名な紫金は、17世紀頃に発明された「カシウスの紫(Cassius’scher Purpur)」です。19世紀の物理学者マイケル・ファラデーの研究によれば、カシウスの紫は金ナノ粒子が水酸化スズのマトリクス中に分散したものです。

 無論、黄金を使って紫の顔料を生産するはずがありません。ただし、産業文明が形成し、化学顔料と化学染料が発明される前、色の抽出には、ほとんどが天然素材を使用しているため、紫を作るための原材料も、東洋や西洋でも非常に手に入れるのが困難なものとなっていました。古代中国では、栽培が難しい植物・ムラサキの根を原料として紫を染め上げましたが、大量なムラサキを使って何回も染め工程を繰り返すことが必要で、染色堅牢度も悪かったのです。古代西洋では、体系的に小さい巻貝を原料として染め上げた「貝紫色」が、その生産効率の低さにより、希少価値が上がらざるを得ませんでした。

 その上、東洋西洋ともに希少で高価な原料は、紫色を高貴な色として尊ぶことで、さらに箔がついたのでした。例えば、中国の唐王朝期では、三品以上の官員だけが紫の服を着用することができ、民間人は着用してはいけませんでした。西洋では、貝紫色は「ロイヤルパープル」と呼ばれるようになりました。全身紫の服を好む古代ローマのカエサル帝は、紫を伝統的に高貴な色にしたとされ、その数百年後のビザンツ帝国においては、「Porphyrogenitus(ラテン語:紫に生まれた)」という言葉が「正統なる王家に生まれた」という意味を持つようになりました。

 このように神秘性に満ちた紫色は、歴史上人々の生活の中でも、誰でも気安く平等に身につけることも、近づけることもできなかったほどに、高貴であったのを知り伺えます。そこが他の色との大きな違いではないでしょうか。

 (次回:中国の伝統文化における色彩(五)神聖なる天空の色「青」)

 註:

 ①中国語原文:天有紫微宮,是上帝之所居也。王者立宮,象而為之。(『後漢書・卷七十八・列傳第三十八』より)

 ②中国語原文:釋迦牟尼佛身長丈六,放紫金光住行者前。(『觀佛三昧海經・念七佛品第十』より)

 ③中国語原文:身紫金色八萬四千相(『觀佛三昧海經・念七佛品第十』より)

 ④中国語原文:身紫金色相好具足(『觀佛三昧海經・念七佛品第十』より)

(文・Arnaud H./翻訳編集・常夏)